第9話

 いい考えなんて思いついていない。

 ただ、会いに行くだけ。話を聞きにいくだけ。


 どう見てもヤンキーばかりの友人関係。でも、一人でいると真面目な男子高生に見える及川くん。

 昔、どうだったか知らない。今は、優しくて真面目な人だと、わたしは思う。優しさの使い方を間違えているように感じるけれど。

 今の印象は、そんな感じ。


 風邪をひいて症状がひどいなら欠席する。それは当たり前だと思う。周りに風邪をうつしたらいけないし、本人の症状を長引かせないためでもあるはず。そういう意味でも、欠席を一日も許さないなんて、おかしい。

 どういう経緯でその約束になったのか、わたしは知らない。

 家族じゃないから、わたしは他人だから、踏み込めないことはあるだろう。


「瑛美里に電話した。紗月ちゃんの欠席は先生にちゃんと伝えるから、及川のところ行ってこいって」

 駅の時刻表を見ていたら、里中くんがそう言った。

「紗月ちゃんって、及川と似てるんだな。人にたいして熱いっていうか、優しいというか」

「そうかな?」

「瑛美里が、紗月ちゃんと仲良くしてる理由がわかったかも。及川のこと、よろしくな」


 里中くんは、満足そうに笑ったあと、

白水しろみまでの電車の乗り換え、わかる? 行ったことないんじゃねぇの?」

 と、時刻表と乗換案内を指差して言った。

「行ったことないよ。乗り換えは何回あるの?」

「櫛田からだと、二つ目の石生木いそぎで乗り換えたら、あとは白水行きの電車しかないから、すぐわかるはず」


 わたしは、かばんから生徒手帳を取り出してメモを取った。

 時刻表を眺めて、次の電車の時刻を見つける。

「ありがとう」

 里中くんにお礼を言ったあと、及川くんの家の住所が書いてあるメモを受け取り、わたしは石生木に行く電車に乗り込んだ。



 一時間半くらいかけて、ようやく白水駅に着いた。住所のメモを見ながら、駅前のロータリーにあるバス停に向かう。

「白水海水浴場行きのバスに乗って、開西寺かいせいじで降りる。白水北中学の近く……」


 番地まで書いてある。どのバスに乗ってどこで降りるかも。

 でも、開西寺のバス停から『白水北中学の近く』までの行き方がわからない。

 番地がわかっても、たどりつけるのか不安しかない。

 とりあえずバスは六分後。それに乗るしかない。あとは降りてから考えよう。

 お小遣いを多めに持っていて良かった。電車・バス賃の往復、お昼ごはん代。それと及川くんの家に行くのに、お見舞いの果物や飲み物を買わなきゃ。

「お金、足りるかな……」

 少し、泣きそうになってしまった。

 お昼ごはんは食べなくてもいいかな。仕方ないよね。

 果物やジュースは、バス降りてからスーパーを探さなきゃいけないよね。


「紗月ちゃん、困ってるねー?」

 突然、背後から呼びかけられ、わたしは少し飛び上がってしまう。振り向くと――

「川井くん? どうして」

「電車乗ってたら、櫛田で篤史と話してるところが見えたから。それからは、後をつけてた」

「どうして?」

「怒らないでほしいなあ。及川の家に行くんだろ。俺、わかるよ」


 


 

 

 

 

 

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