第66話

 部屋で音楽を聴いて、心境の変化と向き合う。

 家族だけど、厳密には家族じゃないような。

 親父と理香子さんは事実婚というので、籍は入れていない。親父の性格なら、あゆを認知しないはずはない。父親として最低限できることをしている。

 俺のせいで、中途半端になってる。

 あゆが小学生になるまでには、あゆをちゃんと妹にしてやりたい。どのタイミングで、どう話せばいいだろう。

 こんな話、誰にも相談できない……待てよ、鍵屋さんなら一緒に考えてくれるような気がする。

 俺が意地張ってるだけなんだよな。わかってる。いまさら言いにくいだけっての。


 考えても一人では何も思いつかない。寝てしまおう。風呂は朝だな。五時起きか。

きついけど……たしか、朝シャンとか流行ってんだろ。



 朝、五時過ぎ。外はまだ薄暗い。

 起き上がる。腹に力が入りにくい。起き上がるとき、背中の痛みが腹の痛みとあわさって、へんな声が出た。

 病院いくほどじゃない。骨までやってるとかなら、もっとやばい痛みだし。

 着替えを持って、脱衣所と浴室へ。いそいでシャワーをあびる。

 そのあと、インスタントコーヒーを淹れて、パンをトースターにセットした。

 焼き上がるまでに髪を乾かし、電車で聴くカセットを準備する。

 トーストにバターを塗って、コーヒーで流し込むように食べたあと、歯を磨いて髪をセット。

 自転車で駅に向かうと、ほぼいつも通りの時間に着いた。

 電車に乗り込むと、乗客はまばらだった。朝早いから、あまり乗っていない。座席に座りイヤホンをつけて音楽を聴く。

 今日は男女のかけあいのようなボーカルがかっこいいバンドの曲を編集したものをウォークマンにセットしてある。

 気合いが必要なときは、このバンドのノリがいい曲がいい。

 うとうとしながら九十分テープが両面全部流れたあたりで、櫛田駅にあと少しで着く時間になっていた。


 今日から鍵屋さんを見るだけじゃなく、目があったら手を振ってみようと思う。

 嫌そうな雰囲気に感じたらやめよう。


 櫛田駅に着いてから、乗り換え用の改札を抜けた。二番線に着くと、鍵屋さんも一番線にあらわれた。

 鍵屋さんが俺に気づいたのがわかると、手を肩くらいまで挙げて軽く手を振る。すると、恥ずかしそうに微笑みながら振り返してくれた。

 学校が違っても、話せないけど会えるっての……いいもんだな。


 電車が二番線に着いて、いつもの車輌に乗る。

「にやついてるぞ」

 篤史が一番線にいる鍵屋さんと俺を交互に見る。

「にやついてんのは、篤史だろ?」

「二人が微笑ましくてさ。なんか進展あったんじゃねーの?」

「なんもない。川井も一緒に来たんだよ」

「邪魔されなかったか?」

「それはなかったな」

 親父と鍵屋さんのやりとりは、遊木さんから話を聞くだろうから言わなくていいか。

「学校辞めなくていいんだろ?」

「そうだな。それは大丈夫だ」

「付き合おうとかって話にはならないんだな?」

 にやにやしながら言っている。

「それは、ない」

 告白した話は言わない。

「二人の雰囲気みてると、付き合えばいいのになーって思うんだよな。及川が奥手だとはね」

「うるせーよ」

 冷やかしながらも茶化しすぎないあたり、篤史はいいやつなんだと思う。

 周りにいろいろ言われても、マイペースに。鍵屋さんがゆっくり考えていきやすいようにしたい。

 

 

 

 

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