第21話

 お兄ちゃんは、きっちり三十分で自販機前に着いた。

 車を歩道に少し乗り上げて車を停め、降りてくる。仕事が終わってすぐだったのか、作業着のままだった。


「その子が、紗月の友達の――」

 お兄ちゃんが瑛美里を見ながらそう言っていると、

「遊木瑛美里です。入学して同じクラスになってから仲良くしてます。この人は、あたしの彼氏で、里中篤史です。トキ高の機械工学科行ってます」

 と、瑛美里は里中くんの紹介もしていた。里中くんは姿勢を正したあと、お辞儀している。二人とも緊張しているみたいだった。


「びびってんじゃねぇよ。今はフツーの社会人なんだからさ。トキ高っつうことは、この前、うちに電話してきた及川の友達ダチなんだろ?」


「え? お兄ちゃん?」

「ちょっと耳にしたことがある名前だったから、後輩に聞いたんだわ」

「お兄ちゃん、余計なことしないでよ」

「まじめな妹とガラ悪いヤツとつきあわせたくないからな。心配して悪いか?」

 そう言われるとわたしは、何も言えなくなる。


「瑛美里ちゃんだっけ? 紗月をよろしくな。いい友達に出会えたみたいで、安心した。紗月は我慢しすぎっつうか、不器用なとこあるからな。じゃあ、帰るぞ。車に乗れ」

 お兄ちゃんの車の助手席に座り、窓を開ける。

 瑛美里と里中くんに、「今日はありがとう」と言い、手を振った。


「泣いてたんだろ。目が赤いじゃねーか。何があったか聞いても言わねぇだろうから、無理には聞かないから。紗月はいつも我慢しすぎだ。無理すんな」

 お兄ちゃんは、赤信号で停まった瞬間、髪の毛をわしゃわしゃしてきた。

 それからは何も言わないでいてくれる。家に着くまで、家に着いてからも、何も言わない。


 瑛美里のおかげで、不完全燃焼だったものがなくなったような気がした日だった。

 


   ✳  ✳  ✳



 次の日の朝、いつものように自転車を駐輪場に停めようとしたら、そこで七瀬を見かけた。

 すっきりしたと思ったばかりなのに、どうしてこのタイミングで……

 わたしは七瀬に気づかれないように、駐輪場の手前に自転車を停めた。

 駅の構内に向かっていると、「紗月!」と、背後から七瀬に声をかけられてしまう。

「久しぶりだね。高校、慣れた?」

「うん」

「あの、ね。私ね、鳥生と別れたんだよね」

 わざわざ、今、それを言うんだ。

 おしえてくれなくてもいい情報だった。

「そうなんだ」

「あのとき、ほんとにごめんね。今、あの頃好きだった先輩と付き合ってるんだ」

「よかったね」

 かわいた言葉が、でてくる。

 よかったなんて思えないわたしは、ひどいのだろうか。

「紗月、好きな人、できたの?」

「なんでそう思うの」

「だって……顔色かわらないから……」

 

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