第20話

 どれくらい泣いていたのかわからない。瑛美里から離れて涙を拭うと、外は暗くなっていた。

「ありがとう。制服、汚しちゃった……」

「大丈夫。気にしないで。上着の替え、先輩から譲ってもらってるのがあるんだよ」


 優しく微笑む瑛美里。制服の上着を脱いでハンガーにかけた。

 そして、瑛美里の部屋を開けると、

「あっちゃん、来てたんだぁ。いつの間に」

 台所に、里中くんがいた。ダイニングテーブルに肘をついている姿をみて、瑛美里は嬉しそうに抱きつく。

 

「入りづらい雰囲気だったから、待ってた。紗月ちゃん……なんつうか、ごめんな」

 何にたいして謝っているのか、少し考えた。……泣きはらした顔のことだと察して、苦笑いで頭を下げる。

「おなかすいたよねー。適当に何か作るよ。って言ってもたぶんチャーハンくらいしか作れないけどさ」

 と、瑛美里が明るい声で気まずい雰囲気を壊してくれた。


「おぅ。瑛美里のチャーハン、旨いからな」

「瑛美里、何か手伝うよ。材料切るくらいならできるから」

「んー、じゃあね、冷蔵庫から卵を二つ、シンクの下にボウルあるからさ、そこにいれて溶いてくれる?」


 手際よく、野菜室から取り出してあっという間にみじん切りしていくのを見て、出番がないことを察した。

 言われたとおり、卵を溶いておく。


 それからは、瑛美里が作る姿を見ていた。

 里中くんは、ベランダで煙草を吸いに行っている。わたしに遠慮しているんだろう。

「今度は、及川くんも誘うか。で、カレーを一緒に作る?」

「え、及川くんって、なんで?」

「なんでって……四人のほうが楽しいじゃん?」

 深い意味はないんだと感じた。

 瑛美里は、わたしがいやがることをしないんだ。


 お皿にチャーハンを盛り付けると、食器棚からコップとスプーンを取り出した。

「あっちゃん、呼んでくるね」

 瑛美里はベランダに向かい、里中くんを呼びに行った。


 美味しいチャーハンを食べ終わると、八時が過ぎていた。

「遅くなったけど、大丈夫? 駅まで送ろうか」

「うん、その前に家に電話しておきたいから、電話貸してもらえる?」

「いいよ」


 家に電話すると、お兄ちゃんが出た。

「今、高校の友達の瑛美里の家にいるよ。夜ご飯作ってもらっちゃってね、今から帰る。九時過ぎると思うんだけど……」

『高校の近くか? 迎えに行くから、だいたいの場所教えろ』

「お兄ちゃん、迎えなんていらないよ」

『オトコといるんじゃねぇのか? だからなんじゃないか』

「違うよ。どうして嘘つかなきゃいけないの」

『おまえくらいの歳には、ちょっとした嘘をつきたくなるもんだろ。真面目な紗月でも、そうじゃねぇかって……』

「信用ないなら、迎えに来てよ。瑛美里は、駅の近くの団地、わかる?」

『県北で俺が知らないとこなんかないぞ。今から行く。団地の北側に自販機あるから、三十分したらそこにいろ。友達と一緒に、な?』


 信じてくれたみたいだけど、たぶん、瑛美里を見てみたいんだろう。

「おにーさん、迎えに来るの?」

「え、マジか。晴月さんが?」

「三十分したら団地の北側の自販機前にって」

「晴月さん、今、どんな車乗ってんだ?」

「なんだろ? わたし、車は詳しくないからわからないけど、ちょっと改造してる……かな。車高低めで」

 里中くんは、興味津々のようだった。

 瑛美里の彼氏だと伝えたら、大丈夫かな。

「紗月のおにーさんて、今、何歳なの?」

「二十五だよ。わたしが小四の頃に暴走族、作ったんだったかなぁ」

「県北、まとめあげたすげぇ強い人らしいな。そういや及川は、晴月さんが作ったとこから、入るなら即幹部って誘われてた……あ、やべ」


 ぱしん。瑛美里が、里中くんの肩を叩いた音が響いた。


「あ、いや、及川は、すぐ断ったって。入試前に言われたけど、そんなもんやらねぇって」

「あっちゃん! そんな話、だめでしょ。本人が言わない話をいないところでするなんてさ。口が滑ったとしても、あたしはそういうの嫌いだって言ったよね」


 瑛美里が、里中くんの背中をばしばし叩いている。

「もう! 信じらんない」

「ごめん……」

「里中くん、わたしは聞いてないことにするから。わたしは、及川くんから聞いた話しか信じない」

 そう言うしかなかった。

 瑛美里と里中くんが、そのことで険悪になるのはいやだった。

 それなら、聞いてないことにして、わたしは知らないフリをするしかない。

 過去は過去だから。

 今は、真面目にしようとしてる。

 

「紗月がそう言うなら、この話、やめよ。ゆっくり自販機のとこ、行こうよ」

 瑛美里が部屋から別の制服の上着を取り出してくる。

 外に出て階段を降りていくと、少し肌寒さを感じた。




 

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