第19話

 瑛美里の家に着いた。団地の二階がそうだった。

「うちは、お父さんがトラックの運転手で、あんまり家に帰らないんだ。お母さんは、お水してるから、だいたい入れ違い。誰もいないから、ゆっくりできるよ」

 玄関のドアを開けると、香水と煙草の嗅いだことのないにおいがした。

「お母さん、煙草吸いすぎなんだよねー。けむたい? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。お兄ちゃんの部屋もすごいから」

「そっか。あたしの部屋は、こっちね」

 台所の左のドアが瑛美里の部屋らしい。

 ベッドを真ん中に置いて、その両側には三段ボックスが二つ。

 ボックスの一番上には、小さなラジカセ。二番目には、化粧品が並んであるようだった。


「机がないって思ったでしょ。部屋が狭いから、勉強するときは台所なんだよ。めったにしないけどさ」

 あははと笑いながら、瑛美里は言う。

「部屋のピンク、瑛美里らしい」

「可愛い雰囲気のほうが、あっちゃんといるとき、甘えやすくて」

「いいなあ。甘えられて」

「紗月は、甘えるのが苦手そうだよね」

「頼るとか、甘えるとか……可愛いとか、そういうのから遠いところにいようとしてるかも」

 瑛美里を見ていると、しみじみとそう感じ始めてきた。


「それでしんどくないなら、いいんじゃないかなって思うよ。我慢してるならやめなよ?」

「我慢……してるかどうか、わからないな」

「わからないなら、今は難しく考えなくていいよ」


 瑛美里は、ベッドの下からお菓子の袋をたくさん出してくる。

「これは、夜食のお菓子! 夜ご飯は、ちゃんと作ってるよ。オムライスやチャーハンとか」

「里中くんが来たら、作るんでしょー?」

「そうだよ。いろいろ作ってあげたいけど、レパートリーがまだないからね」


 瑛美里から、里中くんへの気持ちがあふれてくる。

 好きって気持ちはきらきらしていて、人を前向きにするんだ。

 中学の頃、わたしはこうだったのかな。きらきらしていたのかな。前向きだったかな?

 

「どうしたの?」

「誰かを好きだって気持ち、わたし、わからないんだ。今、そう思った」


 瑛美里は、スナック菓子の袋を開けてわたしに差し出す。


「誰かを好きになる。ひとりひとり、好きの想い方は違うんじゃない? 難しく考えずに、好きなら好きでいいと思うけどなあ」

「わたしね、中学のとき、泣けなかった。わたしの好きって気持ちは、そんなに大事じゃなかったのかなって、わからなくなってたみたい。鳥生くんが他の子を好きでも……」

 

 あれ?

 わたし、泣いてる……


「泣いて、ふっきれていくもんだから、泣いたらいいよ。多分、紗月は無意識に我慢していたから、そのときは泣けなかったんだよ」

「まだ、わたしは、鳥生くんが好きなのかな?」

「それは、紗月の気持ちだから、あたしはわかんないよ。今、泣けたことで変わる気がする。好きなだけ、泣いたらいいよ。紗月は、我慢しすぎるんだろうから」


 瑛美里の手が、わたしの頭をなでる。気がついたら、こどもみたいに、声を出して泣いていた。瑛美里に抱きついて。

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