第3話
店の奥に入ってきた二人が、わたしを見ている。わたしは、二人を交互に見た。
「もしかして紗月ちゃんって、毎朝、
電車の彼が、慌てて里中くんの口を塞ぐ。電車の彼が及川くんなの?
素早い動きに驚いたのは、私だけじゃないはず。
「なるほどぉ、そういうことー。でもさー、及川って彼女いらないって言ってたじゃん。だったら紗月ちゃんを紹介してもらうのは、俺でいいんじゃない? いいよねー?!」
里中くんの口を塞がなかったのが川井くんなんだろう。二人の言動で把握した。
冷静に分析してみたけど、混乱してないわけじゃない。まさか、電車の彼が里中くんの友達だなんて! そして、ここに来るなんて……
会話によると、及川くんは彼女が欲しいわけじゃないらしい。だったらどうして、紹介の話がでてきたんだろう。
口を塞がれていた里中くんは突然立ち上がり、及川くんをがしっと掴み、二人で小声で話し始めた。
「あっちゃん? どうしたの」
瑛美里が、首を傾げる。それから二人の会話に耳を近づけて聞いているようだった。
「紗月ちゃん、俺と付き合うの前提で、今日これから遊ばない? どう?」
軽いノリの川井くんを、瑛美里は睨みつけて言った。
「勝手に紗月に触れないでよ」
「瑛美里ちゃん。俺は紗月ちゃんに聞いてるんだよね」
「紗月は、いやがってる。ね、いやだよね!」
瑛美里は、わたしの気持ちを代弁してくれた。
「トキ高の男を紹介してもらうっていう場にノコノコ現れて、その態度はないんじゃない?」
川井くんがそう言った瞬間、川井くんは店の床に背中から倒れた。
何が起きたの?
「及川、喧嘩するなら外でやれや? 大将に迷惑かけんなよ」
入口近くにいたトキ高の先輩の一人が、低い声で言い放つ。
「すみません」と、里中くんが川井くんを外に連れ出していった。そのあとを追いかけるように、瑛美里も出ていく。
店の奥で、わたしは座ったまま及川くんは立ったまま、呆然としていた。
「トキ高のヤツと付き合おうって、ホンキで思ってる?」
機嫌悪そうな及川くんの低い声が、心に刺さる。
そんなつもりはない。
乗り気じゃなかった。
瑛美里のゴリ押しだと伝えようと思った。
なのに、言葉が出てこない。
「朱鷺丘高なんて、ろくでもない野郎の集まりだ。最悪やり逃げされることもある。川井なんかは、そんなことしか考えてない……」
「川井くんって友達なんでしょう。どうして悪く言うの?」
「そうじゃなくてさ、自分を大事にしろって言ってんだよ」
「じゃあ、あなたはどうしてここに来たの。イヤなら断ればいいんじゃないの?」
及川くんは黙ってしまう。
「何も言えないってことは、あなたもそういう人なんじゃない?」
わたしは泣きそうになるのを堪えていた。
あの電車の彼と話すチャンスができたのに、お互いを非難するような会話が始まるなんて。
こんな出会い方じゃなく、ただ見てるだけなら傷つかないし平和だったのに。
「篤史に頼まれて断れなかったんだよ。信じられないだろうけど、本当にそうなんだ」
「わたしだって、そうだよ……」
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