第73話

 バスに乗ると、ちょうど二人がけのシートが空いていたのでそこに座る。

 鍵屋さんは緊張してるのかうつむいたま、何か考え事をしているように見える。

「……なに?」

「え? なにって、なにも……」

 鍵屋さんの顔の前に右手をひらひらさせてみる。何もないような顔じゃない。

「なにか言いたげに見えた」

「そうなの?」

 ちらりと俺を見たあと、「こういうデート、したことある?」と訊いてきた。

「あるように見えた?」

「うん。違うの?」

「そう見えたなら、鈍感なんだと思う。気を悪くしたならごめんな?」

 あるように見えるんだろうか?

 昔を思い返しながら苦笑いを浮かべた。

「今日の、これ。デートってことでいいんだな。友達同士だとそうは言わないだろ」

「そうだね。言わないよね」

 デートかどうかはどうでもいい。一緒にいて楽しければなんだっていいと思ってる。鍵屋さんの気持ちがはっきりするまでは。


 目的地に着いて、バスを降りた。

 バスに乗っている間に雨があがっていたらしい。鍵屋さんが折りたたみ傘をケースに入れるのを待つ。

「先に丸一マルイチ行ってみる?」

「そうだな」

 バスを降りて大通りから一本筋を越えたところがすずらん通りらしい。その通り沿いに六階建ての丸一があった。

「鍵屋さんって、五月生まれ?」

「うん。わかりやすいよね。サツキ違いだから」

「晴月さんが八月?」

「そうなんだよね。名前つけるのが面倒だったんじゃないかってお兄ちゃんがよく言ってる」

「俺は、雨の日にうまれたから、太陽みたいに明るくなれって陽太になったらしい」

 聞いたときは適当な名付け方だと思ったけど、今は割と気に入っている。

「雨の日だったんだ。何月うまれなの?」

「一月」

「誕生日、まだ先だね」

「鍵屋さんは、誕生日過ぎた?」

「うん。ゴールデンウィーク、三日だったから過ぎてるね」

 あゆと誕生日が近いんだな。

「そっか。じゃあ、プレゼント選ぼう。欲しいもの、何かある?」

 どれくらいまで出せるか言ったほうがいいよな?

「今日、手持ちはあるから遠慮しなくていいから。高すぎるのは無理だけど、CD一枚くらいなら平気」

「及川くん、音楽聴くの好きなの?」

「学校の行きと帰り、一人のときはウォークマンで聴いてる。部屋にいるときはミニコンポだね」

「おすすめがあれば聴いてみたい。でもアルバムは高いじゃない? それは悪いから、シングルCDがいい」

「じゃあ、おすすめのシングルが気に入ったらアルバムをカセットにダビングするよ。鍵屋さんはバンドってどういうの聴いてる?」

「お兄ちゃんがいろいろ聴くんだよね。影響されたみたいで、わたしも何でも聴く。特に好きなバンドは……」

 テナントでレコードやCDが置いてある店があるらしいのでそこに行くことにした。

 好きなバンドの話で盛り上がっていると店に着いた。おすすめのバンドのシングルをプレゼントで選ぶ。

「このバンドなら、音源全部持ってるから、気に入ったら言ってよ」

「ありがとう」

「共通の話題があるっていいな。楽しいし……嬉しい」

「うん。わたしも」



 店を出てすぐに、「喉かわいた……」と、無意識につぶやいていたようだった。

「喋り疲れたよね。二階にある自販機の前にベンチあるから、そこで何か飲む?」

「そうだな。そのあと、服が見たい」

 エスカレーターで移動して、自販機前に立つ。

「及川くん、どれにする?」

「俺はオレンジジュース。飲み物代、出すよ」

「んー。じゃあ、次はわたしが奢るね」

「鍵屋さんはコーヒー……カフェオレとブラックどっち?」

「カフェオレかな」

 それぞれを手に取り、自販機横のベンチに座る。


「ねえ。さっきの子たち、見た? 制服デートしてたよね。かわいいー」

「いいなあ。私、女子高だったからそういうの縁がなかったんだよね」

「でもさ、彼氏がトキ高生って、いやじゃない?」

「さっきの子みたいな子が彼氏なら、学校なんて関係ないんじゃない? かっこよかったし、ヤンキーじゃなさそうな雰囲気だったしさ」


 ベンチに座って飲んでいると、ちらちらこっちを見ながら離れていく女二人の会話が聞こえてきた。聞こえるか聞こえないか、本人たちは小声のつもりだったんだろうが、俺と鍵屋さんにしっかり聞こえている。

「好き勝手言ってるよな。トキ高だからって……」

 そういうくだらない外野の声を、俺は気にしたことがなかった。でも、俺といることで鍵屋さんが貶されるのは嫌だと思った。

 

「学校がどうとか関係ないよ。及川くんは真面目に頑張ってるんだから」

「学校のイメージが悪いのは確かだからな。俺はそういうの気にしてない。言いたいやつに言わせておけばいいって思う。噂やイメージなんて、他人の勝手な思い込みだろ」

「及川くんって、人生二周目なのかなあって感じちゃうときがある。落ち着いてるから」

 それは買いかぶりじゃねーかと思う。

「落ち着いてるように見えるなら、猫かぶってるかもしれない。でも、中学の頃みたいに苛つくことは減ってるかもな」

「猫かぶってる? なんで?」

「嘘の自分を出してるわけじゃなくてさ」

 悪い意味でとられたくない。そう思うと恥ずかしいと思ったけど、はっきり言わないといけない。鍵屋さんに誤解されたくない。

「カッコつけてるわけじゃなくて……鍵屋さんの前では、ちゃんとしていようって意識してる」

 焦った割にストレートに言えた。これは恥ずかしい。耳が熱い。

 

「変な質問かもしれないけど……嫌われたくないっていうのと、好かれたいっていうの……同じだと思う?」

「嫌われたくないってのは自分のいやな部分を隠して接するんだろうから、嘘にはならないように俺は思う。でも、嫌われたくないから本音を見せられないって後ろ向きな気がする。これは俺の考えだから一般的かどうかわからない。

 好かれたいってことは、いい部分を見せようってことだろうから、ふだんしないようなことを見せるだろ。それは嘘の自分だよな……。あー、これは俺だ。やっぱり嘘の自分だ。ごめん」

 話しながら混乱していた。

「うわ、これはかっこ悪……」

 ちゃんとしていようっていうのが空回りしてる。

「かっこ悪くないよ。及川くんは、ちゃんとしてる」



 



 

 


 

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