第72話

「ばかにしてるんじゃない」

 誤解していたらいけない。

 はっきり言わなきゃ、鍵屋さんに伝わらない。

「か……」

 かわいいって、それだけなのに……

 じっと見つめられたら言いにくい。やばい、凝視されてる。絶対、いま、顔が赤くなってる。

「かわいくて」

 小声でなんとか言えた。

「歩歌ちゃん、かわいいよね」

 少しだけ冷ややかな言い方に感じる。

「あ、いや、そうなんだけど、そうじゃない……」

 伝わってない? あゆみたいだと言ったせいだな。

「歩歌のかわいいと、鍵屋さんの……それは、種類が違う」

「種類?」

「歩歌は、妹だから。かわいくて当たり前だろ?」

「そうだよね。小さい子は、兄妹じゃなくてもかわいいものだから、それはわかるよ」

 ようやく言いたいことが伝わったみたいだ。鍵屋さんの顔が赤くなった。

「そろそろ、食後の飲み物、お願いしよっか」

「鍵屋さん、話を変えようとしただろ? いいけどさ」

 でも、「助かった」……つい、口に出してしまった。間違えた。


 飲み物がそれぞれ運ばれてきたあと、ナポリタンの皿は下げられて、テーブルがすっきりした。

「そういや……何かあったんだろ? 様子がおかしいときがあったから」

 飲み物を飲みながらだと話しやすいかもしれない。

「昨日の朝、七瀬……中学のクラスメイトから、いろいろ聞かされて」

 それから鍵屋さんは、昨日の朝に言われたことを話し始めた。

 好きな先輩がいたのに鳥生の告白を聞いて付き合おうと思ったのは、鍵屋さんに対しての嫌がらせのようなものだった、と。

 いろんな醜い感情をぶつけられ、鍵屋さんは落ち込んでしまったらしい。

「それは、鳥生ってやつ、かわいそうだな。鍵屋さんがつらかったのもわかるよ。わかるっつうか、どれだけしんどかったか想像するしかないけど。んー。積み重なったこともあるから、簡単にわかるっていうのは違うんだろうな」

「ありがとう」

 鍵屋さんが鳥生をどう思っているのか、七瀬からの話を聞いて、気持ちがはっきりしたんじゃないかと、不安になってくる。でも俺は、それでも構わないと言ってある。

「気分悪くしたら悪い。鍵屋さんは、鳥生のことは大丈夫になってんの?」

「え? それは、もう、たぶん……区切りついてる。七瀬に言われてつらかったのはお兄ちゃんの話だったから。大丈夫なんだよ」

「大丈夫じゃなくても大丈夫でも、変わらないんだよな。鍵屋さんは、全部話してくれそうだから、そこに安心感ある……けど、うん、あとのことは俺自身の問題だし」

「うん?」

「鍵屋さんは、微妙に鈍感だから、あまり考えなくていいよ」

 重たい空気を打ち消すように笑って見せる。

「鈍感って、それは、褒めてないよね?」

「けなしてもない」

 少し意地悪く笑ってみる。

 何でも話してくれるのは嬉しい。本音がわかれば、俺も言いやすくなる。

 窓の外をふと眺めると、雨はまだひどい降りだった。

「まだ、雨がひどいな。このあとは、どうする?」

「バスですずらん通りに行くのはどうかな。あそこなら、丸一マルイチあるし、アーケードで雨に濡れないよ」

「マルイチ? 俺、行ったことないな。そこ行こうか」

「雑貨店とか本屋とか、安くてかわいい洋服売ってたりね。見るだけでも楽しいよ」

 楽しそうに話し始めたのを見ていると、誘ってよかったと思う。

 どういうのが好きなのか知っていけるのが楽しみだ。

 オレンジジュースをゆっくり飲みながら、話を聞いていた。

 鍵屋さんが外を歩く制服の男を見て、「あ……」と声に出してからうつむいた。

「今、通ったの……知り合い?」

 ただの知り合いではなさそうだと感じる。たぶん、鳥生だろうけど……

「中学の同級生」と言う声が少し震えていた。

「もしかして」

 動揺しているのを目の当たりにして、俺は、

「そっか。そうだよな。中学の同級生なら、櫛田駅あたりにいるのは、そうだよなあ。あいつが鳥生なんだなあ……」

 意地悪い言い方になったかもしれない。さすがに平気なフリはできなかった。

「今日は、もう帰るほうがいい?」

 オレンジジュースを飲み干して、鍵屋さんを見つめる。

「ううん。行くよ」

 はっきりと答えてくれたから、それでいい。

 待つと決めたんだから。

「わかった。じゃあ、バス停行こうか」

 

 

 

 

 

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