五、晴れた空に
第71話
土曜の朝、櫛田駅で鍵屋さんを探す。体調が戻ってないなら今日の午後はやめておいたほうがいいかと思いながら。
一番線のいつもの場所にいる鍵屋さんを見つけて安心しながら、二番線から手を振る。本当はそばに行って話しかけようかと思ったけど、やめた。鍵屋さんの気持ちはまだ、俺を友達としか思っていないだろうから。なれなれしくしすぎるのはよくない。多分……
学校に着いてから、四時間ある授業がいつもよりも長く感じている。体育でもあれば、身体を動かして気を紛らわせられるのに。
「及川、そわそわしてんなー? 昼からデートか?」
冷やかしは無視して、板書を写す。
土曜は気が緩むのか、まじめにやってるのはほとんどいない。窓から入る隙間風と適度にあたたかい空気で、居眠りしてるやつもいる。俺も少しだけ眠い。
なんとか四時間を乗り切って、放課後。
雨が降り始め、電車が櫛田駅に着くころにはひどい降りになっていた。
櫛田駅の構内で鍵屋さんを待っていると、改札を抜けたあたりで少しだけ髪を濡らした鍵屋さんを見つけた。
俺が傘を持ってない話をすると、鍵屋さんは小さめの折りたたみ傘をかばんから出していた。
「この雨じゃ、濡れちゃうね。昼ご飯は、ここから少し歩くところに行くつもりだったから。この折りたたみ傘、小さめなんだよ……」
「ないよりマシだろ? それでメシ屋行くしかないよな」
傘を広げてみると、確かに小さい。二人で使うには向いてない大きさだった。
腕がかなり密着していて、鍵屋さんが緊張しているのがわかった。半袖だと素肌で密着だったから、長袖でよかったのかも。
「……店、こっちだから」
鍵屋さんはかばんを身体の前に抱きかかえている。傘に入りきらない肩が濡れているのが申し訳ない。俺は多少濡れてもいいけど……
鍵屋さんに案内され、メシ屋に着いた。
鍵屋さんの右肩がかなり冷たそうだ。せめてタオルでもあれば。
「傘、やっぱり小さすぎたね……」
「ずぶ濡れになるよりは……マシじゃないかな」
店員に案内された席に座り、メニュー表を見る。
「ここのナポリタンが美味しいよ」
「じゃあ俺はそれにするかな」
「うん。飲み物は……いらないよね?」
支払いを気にしてるのがわかった。
「昼飯代は俺が出すから、何か飲みたいのがあるなら頼んで」
「それはだめ。悪いよ」
「この前うちに来たとき、電車代かかっただろ。あのときのお礼だから」
「うん……わかった。ありがとう」
鍵屋さんは奢られなれていない。男のほうが出すのが当たり前、そう思ってきたから新鮮ではあった。
注文を伝え終わって、鍵屋さんは黙ったままうつむいている。
無言のままは気まずい。
「この店、よく来てんの?」
会話が続くような質問をひねりだす。
「月に一度くらいかな。うち、親が共働きだから、来るときはお兄ちゃんとだね」
「仲いいんだな」
「そうなのかな。友達と
「聞けないだろうな」
晴月さんの話、あまりしたくないんじゃないかと思ってひやひやしてしまう。質問内容を間違えたかもしれない。
「友達っていっても、向こうはそう思ってなかったのが最近、わかって」
もしかして、昨日駅で見た女子高の……?
気まずくなる話ばかりになったところで、店員がナポリタンを運んできた。
「鉄板が熱くなっておりますので、気をつけてください」
「あの、すみません、飲み物は食後でお願いします」
さっき言い忘れたことを伝えると、店員がはっとして「かしこまりました」と言った。
店員のほうは聞き忘れていたらしい。気まずそうに席を離れていった。
「それじゃ、食べよう。その話はゆっくり聞くから」
もくもくと食べていると、鍵屋さんは会話がないことでいろいろ思うことがあるみたいで、ちらちら俺を見ているようだった。
「ちらちらこっち見なくても、言いたいことあるなら話していいのに」
俺がそう言うと、顔を赤くしてうつむいてしまう。
「食べたいなら先に食べてから話したらいいと思う」
落ち着きがないけど、それはそれで小動物を見ているような。というより、
「なんか歩歌見てるみたいでさ……」
あゆを思い出して笑ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます