第70話
「鍵屋さん、今日、学校休むって。駅にいたよな?」
篤史が首を傾げながら戻ってきた。
「さっき鍵屋さんから電話あったみたいだ。櫛田駅で見たことを言ったんだよな。瑛美里が言うには、駅でなんかあったのかもって」
駅で見た、斜め後ろにいた女子高の女と何かあった? 親父を言い負かせるような鍵屋さんが、誰かと言い合っただけで欠席するって。
「あとで、鍵屋さんに電話してみるよ」
学校は休めないので、気になるけど仕方ない。
三時間目が自習になった。休み時間だと周りが騒がしい。今なら事務室前の公衆電話で静かに話せるはず。
教室を出て、多少ざわつく他のクラスの教室を横目に事務室に向かった。正門から入ってすぐの校舎の一階。事務員は生徒を見かけても何も言わない。トキ高生が怖いのもあるだろう。
受話器を取り、硬貨をいれる。プッシュボタンで鍵屋さんの電話番号を押す。
呼び出し音が五回鳴ったあと、『はい、鍵屋です』と、鍵屋さんが出た。家族は誰もいないんだろうか?
「あー、及川だけど。やっぱり具合悪かったんだな」
緊張して少しだけ声がうわずる。まだ、電話は慣れない。
『うん? どうして』
「いや、篤史が……昨日、鍵屋さんと会ったけど元気なかったって言うからさ。今朝も、ちょっと……違和感あったから」
『元気なさそうに見えた?』
「無理して笑おうとしてたっつうか、なんか」
そこで鍵屋さんは黙ってしまう。
『あー……うん。今は大丈夫』
「そうか?」
『それより、学校の公衆電話なんでしょ。ゆっくり話してたら授業が』
「ああ、さっき、始まったけど、自習なんだ。ほら、トキ高、ガラ悪いから、授業にならない科目あってさ……」
『た、大変だね。先生……』
「授業しないで給料もらってんだから、大変じゃねーだろ」
苦笑いで返す。やっぱり声に覇気がない。
「土曜、明日だけどさ。午前中は学校だろ。待ち合わせ、櫛田駅にしていいのかと……」
『どうして?』
「いや……気にしないなら、いい」
『学校帰りに会うほうが、及川くんも面倒じゃないでしょ』
「ああ、まあ、そうだけど。そういう話じゃなくてさ。誤解されたりって話」
『誤解? 付き合ってると思われるってこと?』
「違うのにそう思われるの、鍵屋さんはイヤじゃないか?」
そこで、事務室の先にある階段から同じクラスのやつらが「及川、ここにいた。オンナと電話中か?」と、大きな声をだしてきた。
「ちょっと待って……」
俺は受話器を電話の横においた。
「うるせーんだよ。おまえら、教室に行ってろ」
リーゼント頭と、そのコバンザメみたいなやつがいた。
「及川、オンナできたんかー? 篤史の彼女の友達とうまくやったんだな。俺も紹介してもらいてぇ!」
「違うっつってるだろーが。教室に帰れよ」
あいつらはどこかにサボりに行くんだな。そのついでに冷やかしにきたのか。
見えなくなったのを確認して受話器を取る。
「ごめん。うるさかったろ?」
『大丈夫。待ち合わせも気にしないから、大丈夫だよ。待ち合わせの時間は電車に合わせないといけないでしょ? ていうか、電話代……』
「ああ、テレホンカードあるから平気。電車の時間、学校終わってすぐに乗れたら、たぶん一時過ぎかな」
『わたしもそれくらい。駅の改札出た辺りで待ってる』
「わかった。じゃあ、ゆっくり休んでな」
『ありがとう、またね』
「……またな」
俺のことで何かあったわけじゃないのか?
明日は約束通り会う話になったんだから、やっぱり女子高のオンナだな。
何があったか話してくれるかわからない。言わないのか言えないのか、どちらにしても……聞いてない今悩んでも、何もできない。
……というか、『またね』って、なんか、いいよなあ。
にやけそうになるのを堪えながら、教室に戻った。
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