第59話
ウインナーコーヒーで火傷したことを、遊木さんに言わないように口止めした。
遊木さんから篤史に伝わると、ひどくからかわれるだろうから。気になっていた子が遊木さんの友達だということで、これからどんなふうに言われるのかと頭が痛いのもある。
櫛田駅で見ていたことへの言い訳は、無理やり過ぎるかもしれないけど、言っておいた。
「櫛田駅でぼんやりしていたら、視界に入ってきた。よく見かけるってそんな感じ」
すると、鍵屋さんも似たようなことを言っていた。時々目があったような気がしたのは、気のせいじゃなかったらしい。
「うん。わたしもそんな感じ。よく視界に入るから、覚えてたよ」
鍵屋さんがカフェオレを味わっている。一口飲むたびに、嬉しそうな顔をする。そんなに好きなのかと、見ている俺までにやけてしまいそうになる。
俺が鍵屋さんを観察していると、鍵屋さんも俺をちらちらと見てくる。
目の前にいるんだから、こそこそするように見なくてもいいのにな。恥ずかしがり屋?
駅で一人でいるときは表情がほとんど変わらなくて、ちょっと冷たい印象があるように見えた。
こうして目の前にいると、ころころと表情が変わっている。
それが面白くて、可愛くてつい、意地悪を言ってしまった。
「じろじろ見るなよ」
やめろという意味ではなかったのに、鍵屋さんは、「あ、ごめんなさい。つい……」と謝った。
そんなつもりじゃないのにな。
「ころころ表情変わっていくよな。意外で、おもしろい」
「面白い?」
「ごめん。言い方悪かった。一緒にいたら見てるだけで楽しい……」
悪い意味でとらえてほしくなくて俺は慌てて、「あっ! そうじゃなくて」と、口にした。
そうじゃないというか。
一緒にいたら楽しいのは本当だけど、鍵屋さんにとっては初対面なんだから、いきなりこんなことを言うのは、馴れ馴れしいというか、気持ち悪いと思われないか?
それに、深読みしたら好きだと言ってるようなニュアンスだ。
「どうかした?」
「今のって、なんか、まるで……」
「まるで?」
「いや、なんでもない。飲み終わったんなら、さっきの店に戻ろう」
鍵屋さんが鈍感で良かった。
コーヒーを飲み終わり、会計をしようとレジに移動した。俺が奢ると言ってるのに、鍵屋さんは譲らない。
「今日は、とにかく奢らせて」と粘ると、
「ごちそうさま、ありがとう」
そして笑顔で俺を見てくれたから、安心したんだった。
たこ焼き屋に戻って、篤史や遊木さんと合流しようと、来た道を戻り始めた。
無言で歩く。それでも気持ちは満たされていた。
でも、このまま帰ったら進展なんて望めないだろう。
「書くもの、何か持ってる?」
「筆記用具? あるよ」
「メモ帳、持ってる?」
「便せんなら、ある……」
鍵屋さんが立ち止まり、かばんの中を探っている。便せん一枚とシャーペンを手渡されたので、そこに
「これ、
「電話? え、なんで……」
「なんでって……次、会う約束とか、いろいろ……」
鍵屋さんが戸惑っているのがわかったので、
「いやなら、教えなくていい。じゃあ、その紙、いらないよな」
と、書いた紙を返してもらおうとした。
「いやじゃない……です」
それから鍵屋さんは俺が書いた紙の半分に番号を書いたようだった。それを半分で切り、それぞれを手渡す。
それからまた、無言で歩いていた。駅が見え始め、たこ焼き屋のある大通りに出たら、篤史と遊木さんが手を振ってきた。
篤史が「どうだった?」と冷やかし半分で聞いてきた。鍵屋さんは遊木さんと話している。
「及川と紗月ちゃん、お互いに意識してたっての聞いてさ、瑛美里が読んでる漫画みてぇだなって思ったぞ。うまくいけばいいな?」
「鍵屋さんは、俺のとはちょっと違うと思うんだよな。少女漫画みたいな話にはならないだろ」
俺を好きというのとは違うように感じた。緊張していたのは確かだろう。鈍感なのは、これから先大変かもしれないけど。
「気になる人だって聞いてたらしいんだけどなあ? それって、好きとかそういうやつじゃね?」
「鍵屋さんは、そういう意味ではないかもな……」
自分で言いながら、ちょっと傷をえぐるようだと苦笑する。
「あっちゃん。今日は、あたしと紗月、帰るね」
遊木さんが篤史に言った。
「わかった。川井が、そのへんうろついてるかもしれないから、紗月ちゃんはバスで帰ったほうがいいかもな」
「そうだね。あたしがバス停まで送るよ」
バス停に行く話になったところで、鍵屋さんが川井の話を振ってきた。
篤史はともかく、鍵屋さんから川井の名前が出てくると、妙にいらっとする。
「持ち物検査が抜き打ちであったんだよ。それで川井がタバコ見つかったんだってさ。それを及川がかばったんだろ。それで川井は、停学免れたわけ。及川の処分は反省文書いて終わり。そのあと、紹介の話を知った川井が、及川が乗り気じゃないなら俺が行くっつってさ」
篤史の説明を聞いた鍵屋さんは、むっとしている。
「そういうの、わたしは嫌い」
そう言ったあと、遊木さんの腕を引っ張ってバス停に向かってしまった。
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