第14話

「嫌じゃない。お見舞いは嬉しい。図々しいなんて、思ってない。親父に強く意見したのにはびっくりしたけど」


 及川くんは、言葉を選んでいるようだった。ゆっくりとした口調は、気遣いを感じる。


「おかげで、辞めなくてよくなった。本当にそれが嬉しかった。やらかしたことは消えないから、しょうがないって、朝の時点で諦めていたから」

「うん、よかったよかった。俺、邪魔みたいだから、先に帰るよ。及川が駅まで送ってくれるだろうから大丈夫だろうし。じゃあな」


 及川くんの話を遮るように、川井くんは早口でまくしたて、あっという間にいなくなった。


「邪魔って、なんだよ……」

 及川くんが、顔を真赤にしている。わたしもつられてしまった。

「邪魔って、そんなことないよね」

「え? いや、ある、かな……」


 リビングの時計の針の音だけが、部屋で響いている。


「昨日、電話で言ってた、土曜に話すって」

「ああ、言った」

「今じゃ、だめなの?」

「電話だと電話代かかるからってことでしょう。土曜に言うのと今なのと、何か違うのかな」

「違わない」

「そうなんだ。でも土曜日が良いなら、それでも……」

「鍵屋さん、俺ね、鍵屋さんのこと、見かけていたって言った。見かけるなんてもんじゃなくて、見てた。

 今日の話で、俺は、鍵屋さんともっと仲良くなりたいから、付き合うのを前提で友達から始めてくれたら嬉しい」


 付き合うのを前提?

 わたしが及川くんと?


「まだ、よく、お互い知らないから……」

「知らないから知るために、友達から。お互い、いいところ悪いところ、ちゃんと見せ合っていけばいい」


 付き合うのを前提にしなきゃいけないのかな。

 ただの友達で、いいんじゃないかな。


「友達から次にうつるとき、うつりたくなったとき、気持ちが変わったらどうするの? 二人が同じ気持ちになるかわからないし」

「先のことは、わからねぇだろ。俺は、真面目に、鍵屋さんに好かれるように頑張るけど、鍵屋さんは、頑張らなくていい。俺だけがこうだっての、今、じゅうぶん、わかってるから」

「わかるの?」

「鍵屋さんは、付き合うとか考えてないんだろ。なんとなくだけど、それは感じるから。無理強いしたくない。鍵屋さんのペースでいいんだ。俺が、勝手に好きなだけ」


 

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