第15話

 勝手に好きなだけ――


 そう言われたら、どう返すべき?

 及川くんは、いい人だと思う。まだ、知り合って間もない。知らないからって拒絶するのは、よくない。誠意を感じるからこそ、ていねいに応えたい。


「わたしね、中学の頃、好きな人がいて――」

 鳥生くんの話をして、自分の気持ちを伝えておきたいと思った。

 こういう話、すべきじゃないのだろう。シンプルに、今は恋をしたくないとだけ、伝えたら良いのかもしれない。

 恋をしたくないと断言しようにも、本当にしたくないのだろうかと考えたら、断言するほどでもないと感じ始めて。

 うまくまとまらないから、鳥生くんの話をしながら、わたしの気持ちをぶつけてみようと思ったんだ。


「鳥生くんのことが忘れられないとかでは、ないと思うの。ただ、中途半端にふられたような、もやっとしたことがあったから。

 わたしは、本当に鳥生くんが好きだったのかを考えるようになってしまって。

 好きっていうのがわからないから、及川くんの……気持ちに、どう応えたら良いかなって」


「正直に言い過ぎだけど……

 嬉しいです、ありがとう、それじゃあつきあいましょうって、そうならないの鍵屋さんらしいなと思う。気持ちがわからないなら、少しでも前向きに考えられるようになるまで、俺は待つから。それまでまずは、友達として、お互い知っていけたらいい」


「及川くんって優しいね。初めて会ったときも、わたしのことを怒ったでしょ? トキ高のオトコなんて……って。覚えてる?」

「あれは、本気で怒ってた。気になっていた子が来たからってだけじゃなくて、男の下心みたいな、そういうのをわかってなさそうな子だから」

「わたしは、騙されないしそそのかされたりしないよ」

「そんなふうに、自信もってるのが危ないんだって。お兄さんやその周りの人を見てきて、免疫ついてるんだろうな。それはそれでかなり心配だよ。今日だって、川井と……」


「及川くん、お兄ちゃんみたい。というよりお父さんみたいだよ」


「これって父性なのか? あぶなっかしいから間違いではないかも。お兄さんは、恐れ多い。鍵屋晴月を越えられねぇって」


 だんだん空気が穏やかになってきて、お互い笑顔を浮かべるくらいになっていた。


「ただいまー、おにーちゃん!」

 急にリビングのドアが開いて、女の子が及川くんに抱きついた。

「あゆ、おかえり。手、洗ったか?」

「まだだよー。洗ってくるね」

「石鹸使えよ」

「うん! だいじょうぶだよ。あゆかは、手をあらうのがじょうずなんだから!」


 リビングを飛び出し、洗面所に駆けていく。

 かわいいなあ。


「ただいま。歩歌、あわただしくてごめんなさい」

「元気なんだからいいんじゃん?」


 及川くんはにこやかさがなくなり、おばさんに対して、冷たく返事をする。


「川井くんは、帰ったのね。鍵屋さんは、おうち、どちらなの?」

「えと、隣の市の櫛田なんです」

「遠いんじゃない? 帰り、遅くならないようにね」

「はい。大丈夫です。さっき出していただいたコーヒー、すごく美味しかったです」

「良かったわ。ありがとう!」


「あゆ、一人でトイレに行ってんじゃねぇの? 見とかなくて平気?」

「あら、ほんとね。見てくるわね。鍵屋さん、ごゆっくりね」


 及川くんは、歩歌ちゃんの心配をしているようだった。

 こんな感じが、父性になるのかもしれない。そう思うと、笑いがこみあげてくる。


「微笑ましいね」

 ふふっと笑いながら言うと、及川くんは照れたのか、そっぽ向いてしまった。


「さっきの続きだけど……

 こんなふうに話していると楽しいし、安心感あるかな。友達のようで、お父さんみたいな、そんな関係から、それじゃ、だめかな……」


 及川くんの優しさに甘えるような答えだけど、今はこれがベターな解じゃないかと、思った。


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