第82話

 北河駅に着いてから学校までの道のりを、わたしはできるだけ何も考えないように、歯を食いしばりながら歩いていた。

 正門に生活指導の瀬島先生がいて、そのすぐそばに瑛美里がいる。服装検査の抜き打ちで、瑛美里は呼び止められたんだろう。

 明らかに長いスカート丈だけじゃない。重箱の隅をつつくような抜き打ち検査で、引っかからない生徒は、ほとんどいないらしい。

 わたしは今までお咎めなしだったから、今日も大丈夫だと思う。

 少し早足で正門まで進み、「おはようございます」と、挨拶する。

「ああ、おはよう」

 瀬島先生は、わたしを見ても何も言わなかった。

「遊木、見てみろ。鍵屋はちゃんと校則守ってるだろう。お手本が近くにいるんだから、いいところを真似したらいいだろ。入学してから直すどころかスカートは長くなってるんじゃないか?」

 校則を守る真面目な生徒、そういうふうにしてないと『鍵屋晴月の妹はやっぱり不良なんだろう』と、粗探しされてしまうから。

 高校だとお兄ちゃんのことを知る先生はいないと思うけど、真面目にしてきたわたしは校則を守らないなんてできないでいた。 


「もしかしたら、あたし、身長が縮んたかも?」

 瑛美里が笑いながら言った。

「だからスカートが長く見えると言いたいのか? ふざけたこと言うんじゃない! その髪の色とスカート、今週中になおさなかったら」

 瀬島先生は手にしていた竹刀を地面に叩きつける。

 そうやって脅かすなんてひどいと思う。でも何も言えない。瑛美里を助けたくてもできない。

「何らかの処分を考えなきゃいくなくなるぞ。いいのか? ああ、鍵屋はもう行っていいぞ。引き止めて悪かったな」

 口調がころころ変わる。そんな大人が嫌いでも、刃向かえない。

 瑛美里を見ると、「大丈夫だから教室行きなよ」と囁いてきた。

 大丈夫? 何が大丈夫なんだろう。

 いつまでも無駄に怒られること?

 校則守ってないけど守る意思はないから怒られても平気だと?

 

「その髪の色は地毛じゃないだろう? 前髪も長過ぎる。髪が長い場合は一つにきっちり束ねることになってるだろう? そんなふうにだらしなく束ねるなら、髪を切れ。それと髪色は黒く染めてこい」

 竹刀を地面に叩きながら、えんえんと怒り続けている。

 通り過ぎていく生徒の中にも違反していそうな子がいたけど、先生は瑛美里しか見ていない。

 違反している子は、ほっとした顔をしながら早歩きで校舎に向かっている。


 抜き打ち検査なのに、目の前の瑛美里しか見ていない。

 腹がたってきた。あんな風にねちねちと怒ったり、竹刀で脅かしたり。見せしめのように瑛美里だけを怒っていたり……


 わたしは、校舎に背を向ける。

 学校の外に向かい、わたしは走った。


「鍵屋? どうした?!」

 

 


 

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