第44話

 へんな噂があるのは知っていたけど、まだそんな話が残っているとは思わなかった。

「待てよ。なんで怒ってんだよ」

 川合がついてくる。

「冷やかすなら、ついてくるなよ」

「何もないなら怒るなよ。そんなんだと、何かあるんじゃねぇかって思うだろ」

「何かあるように見せていたんだよ。今は必要なくなったから、噂もみ消したと思ったんだけどな」

 俺は立ち止まって川合を見る。

「先輩とは、どこで会った?」

「及川はチーム断ったんだよな? それってさ、あの世界のことに首突っ込むのはやめたってことなんだろ。だったら早瀬さんが今、どうしてるのか口出しできないぞ」

「そうか。結局、そうなったのかー」

「元気そうだった。それでいいだろ?」

「わかった。そういうことなんだよな」

 川合は俺の言葉を聞いたあと、言いたげなにした。でも、何かを飲み込んだような苦々しい顔をして、そっぽ向いてしまう。

「たこ焼き、食いに行くか?」

「俺は行かない」

 川合が、中学の頃のように歯を食いしばり何かをこらえているように見えた。

 あの頃から変わっていないところがあるなら、それは苦しい思いを我慢しすぎることなのかもしれない。それを隠すために、女好きで軽薄なキャラを演じているのかと思った。本当のところは、本人しかわからない。

 川合は、俺のほうを振り返らず手を振って「今日は帰る。じゃあな」と言った。


 早瀬先輩のことは気になるけど、俺は何もできないだろう。助けがいらないから、白水からいなくなったんだろうから。

 駅に着くと、里中が同じクラスのやつらと一緒にいるのを見つけた。

 里中は俺に気づいて、手を挙げる。それからゆっくり近づいてきて、

「川合が不機嫌そうなツラしててさ。でも車の迎えが来ててなー。びっくりしたのは車を運転してたのが、きれいなお姉さんだったんだよなー。あいつ、キョーダイいる?」

「いや……いないって聞いたな。きれいなお姉さんって……瑛美里ちゃんに言ってやろうか?」

「やめろよ。瑛美里、怒るとやばいんだからな」

「ははっ。尻に敷かれてんのか」

「いいんだよ。瑛美里になら蹴られても」

 真顔で言われるとは思ってなくて、俺は反応に困ってしまう。とりあえず笑うしかない。

「それはそうと。櫛田駅にいた北河高校の……瑛美里に名前を聞いてもらうか? 調べたらすぐわかるぞ」

「いや、それはいい」

 名前は知ってる。

 どうして知ってるか、どこで知ったか。本人に知られないほうがいいような気がする。

「ガキじゃねぇんだから、他人任せにしなくても、自分で」

 知ってることを誤魔化すために思わず言ってしまったが……

 里中がにやけている。

「及川、なんつうか……がんばれ。辛くなったら、瑛美里に女紹介してもらうからな?」

 うまくいかないのが前提らしい。

「気になってたけどさ。苗字じゃなくて、篤史でいいよ。なんか、気持ちワリィからさ」

 



 

 

 

 

 

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