第32話
「及川くんって、人生二周目なのかなあって感じちゃうときがある。落ち着いてるから」
「落ち着いてるように見えるなら、猫かぶってるかもしれない。でも、中学の頃みたいに苛つくことは減ってるかもな」
「猫かぶってる? なんで?」
「嘘の自分を出してるわけじゃなくてさ」
及川くんが少し焦ったように見えた。
「カッコつけてるわけじゃなくて……鍵屋さんの前では、ちゃんとしていようって意識してる」
焦る及川くんの耳が赤いのを見て、わたしは及川くんから目をそらす。
照れくさい気持ちは伝染するのかもしれない。
そしてわたしも昔、鳥生くんの前で猫をかぶっていたのを思い出した。好きだから、嫌われたくなくて自分を作る。好かれたいより、嫌われたくないって気持ちが強かった。
わたしが及川くんを好きになったら、穏やかで自然体でいられるだろうか。今よりも?
「変な質問かもしれないけど……嫌われたくないっていうのと、好かれたいっていうの……同じだと思う?」
及川くんは、わたしの質問に少し悩んだあと、ゆっくりと話し始める。
「嫌われたくないってのは自分のいやな部分を隠して接するんだろうから、嘘にはならないように俺は思う。でも、嫌われたくないから本音を見せられないって後ろ向きな気がする。これは俺の考えだから一般的かどうかわからない。
好かれたいってことは、いい部分を見せようってことだろうから、ふだんしないようなことを見せるだろ。それは嘘の自分だよな……。あー、これは俺だ。やっぱり嘘の自分だ。ごめん」
うわ、これはかっこ悪……と、及川くんは顔を真っ赤にしながら、うろたえている。
「かっこ悪くないよ。及川くんは、ちゃんとしてる」
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