第31話
「欲しいもの、何かある?」
及川くんに訊ねられ、何があるだろうと考えた。
「今日、手持ちはあるから遠慮しなくていいから。高すぎるのは無理だけど、CD一枚くらいなら平気」
高校生で出せる金額の平均がわからないけど、CD一枚分っていったら多いほうじゃないかな?
「及川くん、音楽聴くの好きなの?」
「学校の行きと帰り、一人のときはウォークマンで聴いてる。部屋にいるときはミニコンポだね」
「おすすめがあれば聴いてみたい。でもアルバムは高いじゃない? それは悪いから、シングルCDがいい」
「じゃあ、おすすめのシングルが気に入ったらアルバムをカセットにダビングするよ。鍵屋さんはバンドってどういうの聴いてる?」
丸一のテナントでCDを置いてる本屋さんがあるので、そこに向かうことにした。
「お兄ちゃんがいろいろ聴くんだよね。影響されたみたいで、わたしも何でも聴く。特に好きなバンドは……」
音楽の話で盛り上がり始めた。こういう風に、共通の話題があるのって楽しい。
店に着いてから、及川くんのおすすめのバンドのシングルCDをプレゼントしてもらった。そのバンドのファーストアルバムは、お兄ちゃんがレコードで持っていたと思う。
「このバンドなら、音源全部持ってるから、気に入ったら言ってよ」
「ありがとう」
お兄ちゃんが持っているレコードは、わたしの部屋では聴けない。レコードプレーヤーを持っていないから。
「共通の話題があるっていいな。楽しいし……嬉しい」
「うん。わたしも」
店を出たあと、「喉かわいた……」と及川くんはつぶやく。
「喋り疲れたよね。二階にある自販機の前にベンチあるから、そこで何か飲む?」
「そうだな。そのあと、服が見たい」
二階に移動して、自販機前――
「及川くん、どれにする?」
「俺はオレンジジュース。飲み物代、出すよ」
「んー。じゃあ、次はわたしが奢るね」
「鍵屋さんはコーヒー……カフェオレとブラックどっち?」
「カフェオレかな」
なんとなく、ぴったり横に座れなくて、人が一人分座れるくらいあけて座ってしまう。
「ねえ。さっきの子たち、見た? 制服デートしてたよね。かわいいー」
「いいなあ。私、女子高だったからそういうの縁がなかったんだよね」
「でもさ、彼氏がトキ高生って、いやじゃない?」
「さっきの子みたいな子が彼氏なら、学校なんて関係ないんじゃない? かっこよかったし、ヤンキーじゃなさそうな雰囲気だったしさ」
わたしと及川くんのあと、自販機に買いに来ていたおしゃれな女の人二人の会話。
小声のつもりだったんだろうけど、しっかり会話を把握できていた。及川くんには聞こえていないかも。聞こえていなかったらいいな。
「好き勝手言ってるよな。トキ高だからって……」
聞こえていたんだ……
「学校がどうとか関係ないよ。及川くんは真面目に頑張ってるんだから」
今の及川くんのことを全部知ってるわけじゃない。知り合って間もないから、知った風なことは言えない。
「学校のイメージが悪いのは確かだからな」
真面目にしていても、鍵屋晴月の妹というだけで友達ができなかったり友達だと思っていてもそうじゃなかったり。いやなことがある。
「俺はそういうの気にしてない。言いたいやつに言わせておけばいいって思う。噂やイメージなんて、他人の勝手な思い込みだろ」
その言葉で、わたしの中にあったしこりのようなものが溶け始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます