第33話
わたしは、そこで缶コーヒーを飲み干す。ベンチから立ち上がり、自販機の横のゴミ箱にそっと捨てた。
振り向くと同時に、及川くんはベンチから立ち上がる。ぼそっとつぶやくように「ありがとな」と言った。
ちょうど向かい合う立ち位置。わたしは少し見上げ、及川くんを見る。及川くんは、まだ顔が赤い。
そんな様子を見ていると、わたしも照れくさくなってきた。
「俺も飲み終わったし、移動しようか」
「そうだね」
目を合わせられない。
及川くんは、わたしの正面から横にずれて、空き缶をゴミ箱に捨てた。
「次、Tシャツ見たいから、メンズの店でいい?」
及川くんはわたしに背を向け、
及川くん、かわいいところがあるんだな……
そう思うと頬がゆるんでにやけてしまった。それを誰にも見られたくなくて、両手で顔を覆う。
最初は言い合いでぶつかったけど、話せば話すほど、真面目でいい人なんじゃないかと思うようになってきた。
好意をもたれてるから? 及川くんがいい部分みせようとしてるから、悪い人に見えない?
それだけじゃない。わたしを鍵屋紗月としてだけ見てくれてるから、嬉しい。
だからかな? 自然にいろんな表情を見せられてる。
「三階にあるようだから、行こうか」
戻ってきた及川くんは、もう落ち着いたようで、平然としているようだった。
わたしがじっと見ていると、
「鍵屋さん、疲れた?」
と、早足でわたしのところに戻ってきた。
「疲れてないよ。さっきの、及川くんの顔が赤くなったのが……なんていうか新鮮で」
「俺だって照れるんだって」
「うん。わたしまで、にやけちゃって。なんとなく、嬉しい……ううん違うな、嬉しいとかじゃなくて、変な言い方だけど、こういうの、なんかいいなあって」
階段を見つけて三階に降りて行きながら、
「及川くんのことをどういう意味での好きにあたるのかわからないけど、一緒にいていろいろ……」
と、途中まで話したところで、及川くんが早足でわたしの前に立ちはだかった。
「ストップ。階段じゃなくて、ちゃんと聞いていたいから、そこの隅で、最初から話してほしい」
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