この距離のはかりかた

第5話

「見てたんですか！？」

　思わず立ち上がってしまった。

　すると、店内のお客さんが、わたしに注目している。視線が痛い。

　見かけていたと及川くんは言った。見ていたわけじゃない。びっくりしすぎて間違えた。ニュアンスが違う。恥ずかしい……

「座って」

　及川くんは、表情をかえずそう言った。

　わたしが座ると、「オーダー聞きたそうにしてるから、決めて」と、メニューを差し出してくる。及川くんの視線の先に、店員さんがいた。

　あわててメニューを流し見て、「カフェオレにする」と呟いた。

「すみません。ウインナーコーヒーとカフェオレでお願いします」

　喫茶店行き慣れてるのかな。そう感じるようなスムーズな口調だった。

「カフェオレは、アイスとホット、どちらにされますか」

　及川くんの言葉に、店員さんはすぐに反応する。

「ホットでお願いします」

　及川くんがホットだから、そろえたほうがいいように思って、それを選んだ。

「かしこまりました」

　店員さんは、オーダーを復唱して席を離れる。

「さっきの話の続きだけど。見てたってわけじゃなくて」

　ぼそぼそと聞き取りにくいくらいの声。

　そうだよね。たまたま、視界に入ってたんだろう。うぬぼれちゃいけない。

「櫛田駅で、いつも一人だから」

「うん。中学で仲良かった友達は、別の高校なんだよね」

「そうじゃなくて、白水（しろみ）から電車に乗ってきて、櫛田で乗り換えしてる。だから駅で俺が一人ってこと。そういえば、駅のホームでいつも一人だな」

　会話がかみ合ってなかったようだった。さらに恥ずかしくなって、両手で顔を覆う。

「お待たせしました。カフェオレのお客様は……？」

「あ、わたしです」

　店員さんが、わたしの前にマグカップを置いた。そのあと、及川くんの前にソーサーとコーヒーカップを置く。

「ごゆっくりどうぞ」

「あつッ！」

　コーヒーを飲んだ及川くんが叫ぶ。わたしは首を傾げて、及川くんを見つめた。及川くんは、慌ててお冷やを飲んでいる。

「ウインナーコーヒーって、熱いコーヒーに生クリームをいれただけだったんだな……アイスコーヒーかと思ってた」

　顔を真っ赤にしている及川くんは、喋りにくそうに小声で言った。

「大丈夫？」

「舌と喉がひりひりしてる。かっこつけるもんじゃないな」

　ずっとポーカーフェイスだったけど、笑うとかわいいんだと思った。

　照れくさそうな姿を見ていると、わたしまで照れくさくなってきた。及川くんも緊張していたのかもしれない。

「遊木さんに言うなよ。篤史がさっきの知ったら、しつこくからかうから」

「言わないよ」

「櫛田駅でぼんやりしていたら、視界に入ってきた。よく見かけるってそんな感じ」

「うん。わたしもそんな感じ。よく視界に入るから、覚えてたよ」

　気になってたとは、言えない。それがどういう意味だと聞かれたら、返答に困る。

「それ飲んだら、篤史たちのところに戻ろうか」

「うん。そうだね」

「いそがなくていいからな？　やけどしたらいけないし」

　及川くんは、自虐的に笑ってみせた。

　もしかしてポーカーフェイスに見せてるだけで、本当はよく笑う人なんじゃないかな。

　笑顔がかわいい。かわいいって、褒め言葉だよね。きらきらしてる。

　それから笑ったあと、少しうつむいて、ちらっと流し見て口角を少しあげる。

　照れ臭いのをごまかすような素振りで、表情をととのえてるのかな。

　目の前で見ていると、いろんな表情がわかってくる。

　及川くんの見た目は、どちらかといえばかっこいい。トキ高の中でも上位に入るくらいじゃないかと思う。

　しょうゆ顔になるのかな。濃い顔じゃない。髪型は、短髪ですっきりしている。ぱっと見、ヤンキーには見えない。トキ高で黒髪は目立つんだろうな。

　ゆっくりカフェオレを飲みながら、ちらちらと及川くんを観察する。人の顔を見すぎるのは失礼かもしれないけど、気になってしまう。

「じろじろ見るなよ」

「あ、ごめんなさい。つい……」

　穏やかだった。心がざわつかない。

　鳥生くんを好きだった頃、心がいつもパニック状態だった。そういうふうに見られないけど、目があったら動揺したし、話せたらふわふわしていた。

　男友達と話すとこんな感じなんだろうか。今までいなかったから、わからない。

　及川くんをちゃんと好きになったら、どうなるんだろう。

　今日会ったら次はないのかもしれないのに、残念だと感じてる。

　これって、どういう感情？

　わからない。

「ころころ表情変わっていくよな。意外で、おもしろい」