第84話

 自分でもよくわからなくなっていた。正門で引き返した理由がなんだったのか。

「そういうのじゃなさそうだな。さやかって、ガワ高の制服……家にある?」

「え、なに。まだあるよ。それがどうかした?」

「ガワ高行って、瑛美里ちゃん呼んできて」

「はあ? なんでアタシがそんなこと……」

 さやかさんは川井くんに甘えるような目で見ている。早く二人きりになりたいのかな。わたしが邪魔なんだろう。

「大丈夫だよ。河川敷で時間つぶしてから家に帰るから」

 家には帰らないけど、そう言わないと本当に瑛美里を呼びに行かせる気がした。

「ほら、大丈夫って言ってるんだから」

 さやかさんは、川井くんの腕を引っ張る。川井くんはなだめるようにさやかさんの頭を撫でながら、「わかった。じゃあ、行こうか」と言った。


 二人が原付に乗って去っていくのを見たあと、わたしは河川敷に向かう。

 河川敷に着いてから、空を見上げる。薄曇りだけどところどころに雲の切れ目があり、そこにはきれいな青空があった。

 土手を歩きながら、ベンチを探す。

 ジュース買ってくればよかったかな。歩いていると喉が渇いてきた。

 公園があれば、自販機あるかもしれない。そう思っていると、少し先に公園が見えてきた。駐車場もある。

 土手沿いに桜の木があるから、四月ならお花見する人がいるんだろう。

 自販機を見つけて、スポーツドリンクを選んだ。


 ベンチに座り、通学途中でときどき読んでいる小説を取り出す。

 心がざわつくようなときは、本を読んでいた。小さい頃から、ずっと。

 感情を平坦にする。感情は本の中にしかない。わたしは大丈夫。

 お兄ちゃんが、お父さんやお母さんと喧嘩している声。本を読むと聞こえなくなっていた。

 お兄ちゃんがわたしのかわりに怒っている。だからわたしは……


「紗月ッ」

 瑛美里が制服のまま、走ってきた。その後ろに、原付に乗ったさやかさんがいる。

「帰ってなくてよかった! さやかが教室まで来てくれたから……」

「さやかさんが? あの髪、大丈夫だったの?」

「さやかは、ガワ高の抜け道知ってるから。センセーに見つからずに出入りできちゃうんだよ」

 瑛美里が苦笑いを浮かべている。

「さやかさん、川井くんと一緒にいたいんじゃなかった……?」

 さやかさんがわたしのそばまで原付を押して来ていた。

「義人がどうしてもって言うからさ。アンタ、まさか義人の本命じゃないよね? そうだったらイヤだけど。でも義人の本命は早瀬サンのはずだし……」

「川井くんの本命は、紗月じゃないよ。紗月は、及川くんの彼女なんだから!」

「及川って、あの白水の? トキ高だよね。へぇ、及川のオンナなら義人は手を出せない。安心だね」

 さやかさんは安心したのか、わたしに笑顔を見せる。

「さやかは川井くんのこと、そんなに好きなの? 本命らしい人のことを知ってるのに」

「知ってるから諦めようなんて、アタシは思わないから」

 さやかさんの言葉に、わたしと瑛美里は同時につぶやいていた。

「さやかってたくましいね……」

「さやかさん、すごい。強いね」

 川井くんがいないところで川井くんの本命の話をするのはよくないと思いながらも、わたしはさやかさんのポジティブさに圧倒されてその話ができずにいた。


 さやかさんは自販機で缶コーヒーを二本買うと、

「義人が家で待ってるから、アタシは帰るよ。紗月だっけ? 

 アンタ、何か悩みあるならさ、瑛美里か彼氏に聞いてもらってすっきりしなよ。

 アンタにサボりは似合わない。無理して何かに反抗しなくてもいいんだよ。周りを頼ればいいんだよ。わかった?」

 と言って原付で帰っていった。


「圧倒されちゃった……」

 わたしは、原付がみえなくなるまでずっと見ていた。


「瑛美里……原付の二人乗りは、ダメだからね! あとヘルメット。去年から義務化されてるよ」

「紗月、厳しい。二ケツとノーヘル、二度としない。今日は焦ってたから……」

「今度会ったら、川井くんにも言わなきゃ……」

「及川くんにさっきの流れを話したあとにしなよ」

「そうだよね。今日の放課後、北河駅で待ち合わせしてる」

 

 そこでわたしは、朝の出来事を思い出す。瑛美里に話したら、呆れられるかな……

 

 


 

 

 

 


 

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