二、感情をだしていく

第86話

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を見合わせて、わたしと瑛美里は最後に笑いあった。

 どれくらい泣いていたんだろうと思いながら、腕時計を見る。でも泣き始めた時間がわからないから意味がなかった。

 わたしが腕時計を見ていると、

「たくさん泣いたらお腹すいたよね」

 と、瑛美里は笑った。

「そうだね。お腹すいたよね」

「オムライス作るから食べようよ」


 わたしと瑛美里は、土手から降りて瑛美里の家に向かう。土手から見えていた団地が、あたたかく感じた。


「お母さんが寝てるから静かにしてなきゃいけないけど」

「うん」

「お昼ご飯食べる頃に起きるはず。だから、お母さんのも作るから」

「サボったの、怒られない?」

「怒らないよ。成績がひどくなるとか出席日数が足りなくなるとか……そうなると怒ると思う」


 信頼関係があるんだと感じて、うらやましく思えた。

 

「中学の頃、言いたいことをお互いに言いあったんだよ。怒鳴りあったり叩かれたり、あたしが家出したりして」

「家出したの?」

「うん。あっちゃんの家に、四日くらいかな。その間、あたしは学校行かなかった。あっちゃんはしっかり学校行かせたよ」


 瑛美里は、笑い飛ばすように話している。

 及川くんや瑛美里は、いろんな鬱屈を乗り越えてきたんだ。わたしは鬱屈を溜め込んでいた。それがしんどいと思えるまで、時間がかかりすぎている。


「思ってることを言葉にできちゃう人とできない人がいるんだと思う。あたしは言わないでいるのができなかった」

「うん。わたしはできなかった。言おうと思えなかったような気がする」

「及川くんには、最初からはっきり言ってたよね。喧嘩っぽい出会いだったからびっくりした」


 瑛美里が思い出しながら笑っている。

 そう言えばそうだった。はっきり言えることもある。いつも言わないでいるわけじゃない。


「言いたいことが言える相手に出会えたってことじゃん」

「及川くんのお父さんにも、いろいろ言ってしまったんだよね」

「ちゃんと話せたから、及川くんが退学しなくてすんだんでしょ」


 そうだった。

 一ヶ月も経ってないのに、すごく前の出来事のように感じる。

 少しずつ感情を出せるようになってきたんだ。及川くんと知り合ってから、わたしは変わってきている。


 


 

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この距離のはかりかた 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu

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