第40話

 放課後、駅に行こうとしたらからまれた。……なんでだよ。

「白水で有名人だからって、ここでもそうなれるわけじゃねぇぞ?」

 弱い犬ほどよく吠える。呆れながら無視しようとしたら、肩を掴まれた。

「三年間おとなしくするから、ほっといてくれよ」

「お前がそのつもりでも、周りはそうじゃねぇんだよ。及川に勝てば、チームに入れてやるって言われてる」

「……それなら殴ればいい」

 やり返すつもりはない。

 めんどくさいから殴られておこうと思っただけだった。


「あおるねー、及川」

 笑いながら川合があらわれた。

「痛々しい顔してんのに、まだ殴られるつもりかよ。耐性つきすぎだな」

 川合が呆れた顔で、俺の肩を掴んでいるリーゼント頭の手をはらう。

「つまんねぇことしてないで、仲良くしたらどうっすか?」

 喧嘩が弱くてパシリばかりやってたあの頃の川合じゃないらしい。

 手をはらわれたあと川合の胸ぐらを掴むリーゼント頭を、川合は睨んでいる。

「仲良くできそうにないみたいだなぁ。イライラしてるのは、カルシウム不足か女の子不足かどちらかだろうから、いい子紹介してやろうか?」

 川合はそう言いながら、リーゼント頭にボディブローをきめた。痛みで床に這いつくばるそいつを見下ろし、「及川に手ェ出すなよ」と低い声で言い放った。


「じゃー、帰ろうぜー?」

 すっと笑顔に戻った川合が、俺を見てへらへらとしながら言った。

「川合、キャラが違いすぎるだろ……」

「お前もなー?」

 返す言葉がない。

 かばんを取って、教室を出る。

「駅で待ち合わせしてんだよ」

「おー、彼女か?」

「そんなもん、いない。川合は里中篤史って知ってるか?」

「同じクラスだね。いつの間に知り合いになった?」

「まあ、いろいろ……」 


 駅に着くと、自販機前に里中を見つけた。

「及川と川合? なんだよ、知り合いだったのか」

「知り合いっつうか、俺は及川のパシリ」

 にやけながら川合が言う。

「その顔は嘘だな。へらへらしてんじゃねーよ。そのツラで、女口説いてると思うとむかつくぞ」

「里中クン、妬いてる? 女の子、紹介しようか?」

「俺、付き合ってる女いるからな。及川はモテるんだろ?」

「さあ?」

 俺は首を傾げる。

「まあ、それはいいや。俺の地元行くんだけど、川合も来るか?」

 里中は、俺が話を流したのをわかったようで話を変えてきた。

「暇だから、行くよ。篤史の地元ってやべぇ先輩いるんじゃねーの?」

 駅の改札に向かう。川合が里中と話をしてる後ろをついていく。

「今の三年の先輩にはきっちり挨拶しないとやべぇな。挨拶してたら大丈夫だ」

「そういや川合、今はどこに住んでるんだ?」

 俺はへらへら笑う姿を見ながら言う。

「今は……あ、俺は切符買わないと。北河だよな、篤史の地元」

 川合は里中が頷くのを見たあと、慌てて切符売り場へ行った。

「今は? 川合は昔、白水にいたのか?」

「ああ。定期がないなら電車通学じゃないよな。はぐらかしたのかもしれないけどな」

「言いたくないんだろ。ほっとこうぜ」

「だよなー」


 里中の地元は、北河きたがわだった。北河駅につくと北河高生がまばらにいて、俺らを遠巻きに見てくる。

「駅出てすぐのところにたこ焼き屋があるんだ。俺の地元のトキ高生のたまり場になってる」

「北河が地元じゃない俺が行っていいのか?」

「白水は及川一人だろ? 先輩と知り合いになってたほうがいいんだよ。川合はとりあえず挨拶しとけ」

「とりあえずかよ」

 川合が素早くつっこむ。

「川合って地元らしい地元がないんじゃねぇの? それなら先輩に挨拶しておけばいい」

「篤史、お前ってすげぇな……」

 川合は見透かされたことを怒りもせず、しみじみ言った。


 たこ焼き屋に入る。

 テーブルがいくつかあって、店内で食べられるようになっていた。見た目より広い。奥のテーブルに先輩が数人いて、里中はすぐに挨拶しにいった。

「及川陽太です。白水なんですけどよろしくっす」

「川合義人っす。地元は……あちこち転校したんで特にないんすけど、よろしくっす」

「及川って、及川か。チーム断ったり入学式のあとに殴られっぱなしだったり、いろいろ噂聞いてるぞ」

 目立ちたくなくても、そうはいかないのか……

 里中の言うとおり、先輩にめん通しするのがよかったのかもな。そういう伝統は好きじゃないけど。


 それからたこ焼き食って、里中の家に行った。

「瑛美里ちゃん、来てるよ。部屋にいるから」

 里中のお姉さんと玄関ですれ違った。

「わかった。今から仕事?」

「そうよ。母さんは夜勤明けで寝てるからね。じゃ、いってきまーす」

「こんにちは。お邪魔します」

「ちはっすー」

 里中のお姉さんは、俺と川合を見て「あら、かわいい」とにっこり笑って出ていった。

 里中のあとに続いて部屋に行くと、北河高校の制服を着た子がいた。

 

 

 

 


 

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