第49話
リビングに、あの人が入ってきた。
「お母さん! 今度ね、お兄ちゃんが」
「じゃあ、あゆ、楽しみにしてろよ」
あゆの言葉をさえぎり、俺はあゆに背を向けてリビングを出た。
おとなげないのは、わかっている。
誰も悪くない。たぶん、悪くない。
一方的に決めつけて、怒りでめちゃくちゃにしたこと、俺がしたことのほうが悪いのかもって、最近思うようになった。
親父も、出ていった母親も、あの人も。
俺には想像しきれないいろんな感情があって、今、こうなってる。
俺は自室のベッドに横たわり、ミニコンポの電源を入れた。
入れっぱなしになっていたバンドのCDは、ランダム再生になっていたらしい。
アルバムの四曲目の優しいピアノバラードが、再生された。
母親が出ていった理由を詳しく知らない。
夜中に喧嘩していたのを聞いたことがあった。
当時、親父は会社を継いだばかりで苛ついていた。母親は、会社の内情を知らない。そのころ経理をしていたのは、親父の従兄弟で、母親は会社の仕事にノータッチだったようだった。
母親は、会社の仕事に関わらなくていいということで結婚した。俺を産むまでは美容師だったらしい。出産後二年後に復帰予定だったけど、一緒に住んでいたじいちゃんとばあちゃんの容態が悪くなり、それは叶わなかった。
『美容師の仕事を諦めたことで、私が怒ってるとあなたは思ってるの? あなたは私のことを理解しようとしなかったでしょ。勝手に決めつけて、私をこの家に居づらくさせてるのはあなただって……だからって、私がしたことは許されないでしょうけど』
『会社のことより、お前が好きなようにすればいいって、最初から言ったじゃないか。だから経理は親戚にしてもらっていた。お前が、いつでも美容師の仕事をできるようにだな?』
『そういうことじゃないの。私だって家族でしょ。助けたいと思ったの! でも私なんて必要ないような態度をするから……つい、さみしくなったのよ』
母親は、昔の美容師仲間と不倫してしまった。経理を任せていた従兄弟が、母親が不倫相手と一緒にいるところを見たと、親父に話したことから、喧嘩は始まった。
さみしくてもそれを家族以外の異性に求めた母親が悪いんだろう。
毎晩の喧嘩の内容から、親父が母親をないがしろにしていたこと。かみあわなくなったのは、親父のせいでもある。
母親が出ていったのは、俺が小二の冬だった。ガキ過ぎて誰が悪いとか、よくわからないでいた。
喧嘩の内容を半分も理解していなかった。母親が泣いていたから、親父が悪いんだと思っていた。
それから数年して、経理をパートに任せるようになった。じいちゃんが亡くなり、ばあちゃんは施設に入所したタイミングだったと思う。そのパートが、あの人――あゆの母親。
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