第64話
もっとシンプルに言えばよかったのかもしれない。言いたいことを伝えられたんだから、よしとしよう。
駅で見ているだけだったから、喫茶店に一緒に行ったり電話したり……そういうのはありえないと思ってた。学校違うし、接点はないと思ってたからな。告白するとは思ってもなかったし……
鍵屋さんは、俺の言葉を拒否することなく今の気持ちを話そうと考えてくれている。 「わたしね、中学の頃、好きな人がいて――」
言いにくそうにしていたけど、鍵屋さんは中学のころの話をし始めた。
同じクラスの
鍵屋さんは七瀬を責めるつもりはなかった。自分の気持ちを望まない形で鳥生に知られてしまい、気持ちがわからなくなったと……
「鳥生くんのことが忘れられないとかでは、ないと思うの。ただ、中途半端にふられたような、もやっとしたことがあったから。
わたしは、本当に鳥生くんが好きだったのかを考えるようになってしまって。
好きっていうのがわからないから、及川くんの……気持ちに、どう応えたら良いかなって」
真面目すぎるんだろう。
難しく考えすぎてるからわからなくなってるように感じる。それにしても……
「正直に言い過ぎだけど……
嬉しいです、ありがとう、それじゃあつきあいましょうって、そうならないの鍵屋さんらしいなと思う。気持ちがわからないなら、少しでも前向きに考えられるようになるまで、俺は待つから。それまでまずは、友達として、お互い知っていけたらいい」
鍵屋さんが家まで来て親父と話してくれたこと、実は期待してしまってた。
「及川くんって優しいね」
好きだから待てるんだよ。それは言葉にできなかったけど、鍵屋さんのなかで俺がいい印象があるならそれでいいと思えた。
そのあとは、男の下心の話をしたり、俺に父性があるという話をしたりした。
鍵屋さんは鈍感だから気をつけないと、男に騙されそうだ。自分は大丈夫だと思ってるのが危ない。鍵屋晴月の妹だから、事なきを得たってわかってないだろう。
晴月さんの妹で良かったと思うべきか……
こんな心配をしてるからお兄さんやお父さんみたいだと言われるのか?
和やかな雰囲気になってきたところで、あゆと理香子さんが帰ってきた。
「ただいまー、おにーちゃん!」
「あゆ、おかえり。手、洗ったか?」
「まだだよー。洗ってくるね」
「石鹸使えよ」
「うん! だいじょうぶだよ。あゆかは、手をあらうのがじょうずなんだから!」
にこやかにあゆを見ていると、鍵屋さんが微笑ましいとでもいうような顔で俺をみていた。
鍵屋さんもあゆも、かわいいんだから仕方ない。
バタバタとあゆが走り去ったあとに、理香子さんが「ただいま。歩歌、あわただしくてごめんなさい」と言いながらリビングに入ってきた。
「元気なんだからいいんじゃん?」
冷たい口調になってしまう。鍵屋さんも、表情を曇らせている。
少しずつ直さなきゃいけない。
理香子さんが、川井がいないことに気づいたようだった。
理香子さんが鍵屋さんと少しだけ話をしているのを見ていた。鍵屋さんみたいに自然な会話ができるようになれば、あゆも安心しそうだな。
「あゆ、一人でトイレに行ってんじゃねぇの? 見とかなくて平気?」
「あら、ほんとね。見てくるわね。鍵屋さん、ごゆっくり」
理香子さんが席を外したのを確認したあと、鍵屋さんは話し始める。
「さっきの続きだけど……
こんなふうに話していると楽しいし、安心感あるかな。友達のようで、お父さんみたいな、そんな関係から、それじゃ、だめかな……」
それでいい。安心感あるって嬉しい。
「そろそろ帰るね。お見舞いだったのに、ごめん。長居しちゃって」
「昼飯、どこかに食いに行く? そのあと、駅まで送る」
「風邪ひいて、学校休んでるのにだめだよ」
「熱は下がってる。咳もそんなに出てないから平気」
「休まなきゃいけないくらい、熱が高かったんでしょ。だめだよ」
風邪というより、殴られたところの痛みのほうがつらい。話してたら忘れていたけど。
もう少し話したいから駅まで送りたかったんだ。だめだと言われたら引き下がるしかない。
「そう、だな。じゃあ、土曜日に昼飯。今日、いろいろ金使わせてしまったから、お詫びというかお見舞いのお礼だな。土曜は全部俺がおごるから」
「うん」
「土曜は、櫛田で待ち合わせな? その次があるなら、また、こっちに来て、海行ったり……」
「次あるならって、ないと思うの?」
「鍵屋さんがいいなら、会ってほしい。電話も、また」
社交辞令の可能性も少しだけ考えた。鍵屋さんがそういうタテマエを言うとは思わないけど、次を期待しすぎて肩透かし食らうのはキツイ。
でもこの様子だとそれはないみたいだ。
鍵屋さんを玄関先まで見送ると、身体の力が抜けて座り込んでしまう。
熱、あがりそうだ……
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