三、気持ちの答え合わせ

第52話

 ゴールデンウィーク最後の日が、あゆの誕生日。ラッピングされたプレゼントを渡すと、その場でぴょんぴょん飛び跳ねていた。

「ありがとー! あけていい?」

 あゆは包装紙のくま柄も気に入った様子でにこにこしている。

「ピンクのくまさんと、この赤いリボンも宝物箱にいれなきゃ!」

「宝物箱、作ってんのか?」

「うん。今までもらった大事なものをいれてるんだよ」

 リボンをはずしたあと、包装紙を上手に剥がしながら、中にあるお絵かき帳と色鉛筆を取り出した。

「おかあさん! お絵かき帳だけじゃなくて、色鉛筆もある! すごい!」

 みてみて! と、あゆは離れたところにいるあの人のところに見せに行く。

「二つも……ありがとう。毎年、この子、楽しみにしているから」

 ふんわりと、あゆを慈しむように見ながら微笑む様子に、俺は目を背けた。

 俺のせいで、いろいろ。

 そんなふうに笑顔を向けられたら……

「陽太くんが、あゆを可愛がってくれてる。それだけで嬉しいから」

「あゆは、妹だから」

 精一杯、今言える歩み寄りを伝える。今までを考えたら、今更じゃねぇか……って、なるかもしれなくても。


「妹……」

 あの人は、突然泣き出した。

「おかあさん? どうしたの?」

 あゆが、心配そうに見ている。

「大丈夫。目にゴミが」

「いたいのいたいのとんでけ、いる?」

「痛くないよ。とんでけ、いらないからね。ありがとね」

 あゆがきょとんとしている。

 痛くないのに泣いてるのは、あゆにはわからない。

「陽太くん、ありがとう」

 あの人に、少しだけでも伝わったなら、こんなふうに少しずつ。

 変わっていこう。


 それからあゆは、早速お絵かき帳の一ページ目を広げて、色鉛筆を眺め始めた。

「何色がいいかなあ……」

 何を描こうとしているのか気になって見ていると、

「描けたら見せてあげるから、まだ見ないで!」

 と、まだ何も描いていないのに、真っ白な一ページ目を隠されてしまう。

「そっか。じゃあ、部屋に行くから」

「それはだめ! ここにいて」

 可愛いわがままに、笑うしかない。

「じゃあ、音楽聴いてるから……部屋にあるウォークマン取ってくるよ」

「すぐ戻ってね!」

 いそいで部屋に戻り、ウォークマンを手にしてリビングに戻る。

 あゆは、あの人と楽しそうに話しながら絵を描いていた。

「あ! お兄ちゃん!」

 あゆがはっとした顔で、ささっと絵を隠す。

「見ないから。ゆっくり描いてな。見せたくなったら、いいよって言ってくれたらいい」

 イヤホンをつけて再生ボタンを押した。あゆの絵が見えない位置に座り、目をつむる。

 女性ボーカルのアップテンポなラブソングが流れていた。曲の雰囲気は明るいのに、うまくいかない恋愛……

 れ、恋愛って、なんだよ。今まで、この曲聴いても、じっくり歌詞なんか。

「陽太くん? 顔が赤いけど、風邪ひき始めなら無理しないで」

 あの人が、俺の顔を覗き込むようにしながら言った。

「ちがっ、そうじゃなくて、音楽聴いてて」

「音楽聴いてて?」

 きょとんとした表情が、やがて笑顔に変わった。

「そうなのね。陽太くん、だから最近、とくに優しくなったのね。よかったわ」

 何を納得したのかわからない。

「お兄ちゃん、だいじょぶなの?」

「お兄ちゃんね、好きな人がいるみたいよ。病気じゃないんだって」

「すきなひと? あゆより……?」

 あゆの目から涙が溢れ始め、俺はあわててイヤホンを外して、違う違うとあゆをなだめた。

「ちょっとへんなこと、あゆに言うなよ」

 あの人に向けて、ため息交じりに言ったら、あゆが

「お兄ちゃん……あゆのこと、好きだよね?」

 と、まだ泣いていて……

「理香子さん、あゆにそういうのはわからないんだからさ、泣かせるだけだから」

 いつも、どう呼べばいいかわからずに、苛立つだけだったのに。

 なぜか、無意識に名前で呼んでいた。

 


 

 

 

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