高校一年六月〈紗月の章・二〉
一、慣れないこと
第76話
六月になったけど、デートらしいデートは丸一に行ったあの日の一度きりのまま。
電話は週に二回、一時間くらい話すようになっている。電話ならそれなりにスムーズに話せるのに、会うと緊張して言葉がうまく出てこなくなっていた。
毎朝、櫛田駅でお互いを見つけたら手を振ったり、放課後ときどき櫛田駅か北河駅で少しだけ会って話す――これはデートになるのかよくわからない――ことはある。
彼氏と彼女らしい雰囲気になっているのか、わたしにはわからない。
「及川くんが紗月を見る目は愛に溢れてる。紗月は最初の頃には見られなかった照れ臭さが初々しくて付き合いはじめらしくって、見てるとほのぼのするよ。でもね、付き合ってるのに、それぞれが片思いこじらせてるようにも見えちゃうかなあ。どうしてなのかわからないんだけど」
瑛美里がぐさっとくることを言う。
「あっちゃんもね、好きならもっとスキンシップあっていいんじゃねーのって言ってるんだよ。まだ付き合うようになって一ヶ月経ってないんだからそれは無理だよって、あたしは思うよ? でもさ、及川くんはもう少し紗月にひっついてきてほしいんじゃないかな……」
「及川くんは、わたしのペースでいいよって言ってくれるよ。及川くんも彼女いたの初めてだから、周りと同じペースじゃなくていいんだって……」
本当にわたしが初めての彼女かどうか、本当は疑ってる。そういうのよくないってわかるよ。わかるんだけど……
白水で有名な人で、見た目かっこよくて優しくて、それで今までいなかった……なんてね。
「え、及川くん、今まで彼女いたことないの? あんなにかっこよくて喧嘩強くて、白水で知らない人いないような人なのに? 硬派なんだねぇ。って、それ、本当に?!」
瑛美里は、信じてなさそうだった。
「もし過去に誰かいたとして。
言い寄られただけで及川くんにそういう気持ちはなかった、っていうのはあったかもしれないよね」
わたしは瑛美里に質問した。
「あったかもしれないのかな。隠してるんだとしたら、知らないままでいいんじゃないかな? どうしても気になるなら調べられるよ? ほんっとうに調べていいの?」
わたしは悩みながら、頷いた。
「及川くんが言わないなら何もないって思いたいけど、気になるから……聞きたいけど聞けない」
瑛美里は、そっかーと言いながらしばらく考えていた。
「そういうことなら瑛美里、がんばるよ! これは女子の情報網を使うから、あっちゃんにも内緒で調べる。どんなことがわかっても、及川くんに問い詰めないこと! それと後悔しないこと! 約束守れるなら調べるよ」
「うん。守る! 及川くんのこと、知りたいから」
こうしてわたしは、初めて及川くんに隠し事をすることになった。
✳ ✳ ✳
『次のデートは白水がいいって言ってたよな? 六月の第三日曜はどう? 梅雨入りしていたら海は行けないけど、鍵屋さんが好きそうな喫茶店探しておくからさ』
六月に入ってから二回目の電話は、及川くんからかかってきた。ほとんど及川くんから電話をしてくれる。
「及川くんは晴れ男だって言ってたから、大丈夫じゃないかな? 雨がひどかったら及川くんの家とか……一回行ってるし……」
家に行きたいなんて思わず言っちゃったけど、大丈夫かな。電話だと言葉がすらすら出てくる。
『雨なら、そうだなー』
「調べたんだけど、及川くんの家の近くに海岸沿いに公園あるんだよね。防波堤? 防潮堤なのかな? そこから見る夕暮れが綺麗らしいから見てみたい!」
本屋さんで情報誌を見つけて立ち読みしたんだよね。買いたかったけど、ちょっと高くて無理だった。白水の往復電車賃を考えたら、手を出せなくなる。
『けっこう高いよ、防波堤。上がるのはいいけど降りるときがこわいって言って……聞いたことがあるかな。夕方くらいからのぼって見ると確かに綺麗だったなー』
こわいって言って……言って、というのを言い直したような?
確かに綺麗だった……一人で見たのかな、誰かと見たのかな?
わたしが黙っていると、
『急に黙ってどうした? 喋り疲れた?』
と、言い直したことに気がついてない様子。
「ううん。綺麗なら見てみたいなーって」
『買い物によさそうな場所はピンとこないけど、よさそうな場所は探すから』
「ありがとう! 楽しみだな……」
及川くんは優しいから、過去を話さないのかもしれない。わたしが及川くんに話した過去の話、本当は聞きたくなかったんじゃないかと、不安になってくる。わたしは知りたいけど聞くのが怖い。知りたいのに……
及川くんは知りたくなかったのに、わたしが話してしまったから嫌だとは言えなくなってるかもしれない?
鳥生くんとは付き合っていたわけじゃないから、そんなに重たい話ではないかもしれないけど。
『鍵屋さん? 眠くなってる? 大丈夫?』
「大丈夫だよ。眠いんじゃないから! ごめんね、ぼーっとしてしまってた!」
電話中に失礼だな、わたし。
気になり始めたら、落ち着かなくなってる。
こういうのも、好きだからってことなんだよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます