第75話

 丸一から出ると、青空が広がっていた。

「晴れてるね」

「そうだな。傘持ってなくてよかったなあ。俺、晴れ男だから出かける予定がある日は、晴れる……っていっても、さっきまでは雨だった。鍵屋さんが雨女?」

「そうかも。遠足や修学旅行、曇りか雨だったよ」

「これからは予定は俺が決めたほうがいいな。雨でも困らないけど」

「そうだね。天気は関係ないかも」

 鍵屋さんの顔が、丸一に入る前と比べてすっきりしている。友達から進展するだけで、心に余裕ができる。それは俺だけじゃなくて鍵屋さんもだろうか。

「次は、及川くんの町に遊びに行きたいかな。日曜だったらゆっくりできるかな」

「こんな感じの店ないんだけど」

 商店街はあるけど、さびれかけている。

「海……海が近いんじゃないかな?」

 鍵屋さんが思い出したように言った。

自転車チャリで俺んからすぐだな。海っていうけど、とくに何もないぞ?」

 高い防波堤、漁港。

 自転車でもっと北に行けば海水浴場がある。そっちのほうが穏やかな雰囲気。

 高い防波堤は、早瀬さん……いやいやいや、だめだ。一緒にいるときに思い出すのはだめだった。

「及川くんは見慣れてる海だろうけど……わたしは、その海を見たいって思う」

 そうだ。見慣れていても鍵屋さんと見る海は別物だろう。一瞬でも昔を思い出すなんてさ、最低だな、俺は。

「そういうの、いいな。じゃあ、梅雨になる前に海に行こう」

 嬉しそうに笑う鍵屋さんは、大事な言葉を言うとき、俺を見ない。恥ずかしいのはわかるけど……

 鍵屋さんがすこし早歩きになっているのを追いついて、しっかり目を見る。

「ちゃんと、俺のほう見て言ってほしい」 

 鍵屋さんは頭を縦に振る。照れを何かしらでごまかすくせがかわいくて好きなところかもしれない。

 

「そういや、五時近いけど時間は大丈夫?」 

 時計を見ながら言った。

「バス停行って時間を見ておこうか。うちは厳しい門限ないけど、及川くんの帰りが遅くなるよね」

「俺が遅くなるのは構わない」

「でも、櫛田に戻ったほうがいいかもね」


 それから、バス停に向かう。

 雲一つない空、西の方はオレンジ色で夕暮れを感じさせていた。

「あと三分かー」

 あっという間に帰る時間になる。櫛田に着いて、鍵屋さんの時間がまだ問題ないなら、すこしでも長く一緒に……

「なに? どうかした?」

 顔をじっと見られているから、なんだろうと目を合わしてみる。

「えっ、うん、なんでもない」

「ふーん?」

「なんでもないって……」

「なんでもない顔じゃねぇよなあ」

 微妙な表情で考えてることがなんとなくわかるようになったかもしれない。

 さっきは、もしかして。俺の顔見てしみじみかっこいいとかなんとか………いや、まさかな。

「あ、バス来たよ」

 鍵屋さんが、俺の服の袖を引っ張る。

「袖、引っ張らなくても来てるのわかるけど……」

 誤魔化しきれない鍵屋さん、からかいたくなる。


 バスに乗ると割と乗客は詰まっていて、バス停で停車するたびにさらに乗客は増えていった。乗客が増えるたびに後ろの方に追いやられていく。

 鍵屋さんは俺の腕にもたれるように立っている。揺れるたびに腕を掴み、すぐ離す。

「掴んだままじゃないと危ないだろ」

 運転が荒いせいで、鍵屋さんは俺にしがみついたりもたれかかったり、いそがしい。

「ひどい運転だな……」

 運転手を睨んでも向こうからは見えない。でも、むかついていた。


 櫛田駅に着いてバスを降りた。

「すごい運転だったね」

「顔真っ赤にしてしがみついてたから、それどころじゃないのかと思ったけど」

 からかうように言うと、

「人がたくさんいて、暑かったの!」

 鍵屋さんはムキになって言い返してきた。

 

 確かに暑かったな。

 鍵屋さんの顔が赤いのは暑いだけじゃなさそうだ。

「電車の時間まで、あと三十分くらいあるんじゃない?」

「そうだな。時間まで話す?」

 俺の言葉に、鍵屋さんはどうしようかと悩んでいるように見えた。

 選択肢から選べないのか、早く帰りたいか。


「俺はいてほしいけど?」

 有無を言わせず、一緒にいろよって言えたらいいのか?

「鍵屋さんは?」

「もう少し、話したい……」

 自信なさげに声がしりすぼみになっている。

 ちゃんと言いたいことを言ったので問題ない。嬉しい。

「じゃあ、駅に行こうか」


 駅に向かっていると、自転車に乗った派手な女とすれ違った。化粧で一瞬わからなかったけど、この前、鍵屋さんの斜め後ろにいた七瀬じゃないか?

「知り合い?」

 鍵屋さんが目で追いかけていた。

「うん。中学のときの」

「派手な子だったな」

「そうだね」

「もしかして、さっきの子が鍵屋さんが……」

 及川くんはそこまで言うと、「これからは何もないだろうから心配ないんじゃない?」とさとすように言った。

 心配しなくていい。

 何か言われても、すこしでも楽になるようにとことん話を聞く。

「うん、そうだよね」

 

 空いているベンチで時間まで話そうとなる。荷物を真ん中に置いて、なぜか離れて座ろうとしているのを見て、ため息をついてしまった。

「離れて座ろうとすんなよ」

 鍵屋さんの手首を取り、真横に座らせる。それからすぐに手首を離した。

「ごめんなさい。つい……」

「照れ臭いのは俺もだから」

 荷物は両端に置き直した。無言のまま、時間が過ぎていく。

 電光掲示板に、俺が乗る電車の表示が出た。

 俺は荷物を取りながら立ち上がり、「明日、電話する」

と言った。

 

 改札口を抜けるまで、今日は足が重たくてなかなかすすめない。重たいんじゃなくて、後ろ髪引かれるやつ。これがそうなんだな。

 改札口を抜けたあと、振り返り鍵屋さんを見つける。大きく手を振ってから、前を向き直し、階段を駆け上がった。

 

 櫛田と白水は、遠いよ――


 




――――――――――


 陽太の章・一、おわり。


 カクヨムコン9のライト文芸部門に応募しています。

 まだ連載は続きますが、ここまでをコンテストとして提出します。


 ♡、★、レビューをくださった方、

 ありがとうございます。

 ★、レビューがまだの方、読者選考中に、ぜひ、よろしければ……お願いします!


 平坦で大きな事件が起きない物語ですが、きゅん要素で好きになっていただけたなら泣いて喜びます!(*´ω`*)


 



 


 

 


 


 

 

 

 


 


 

 


 

 

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