第47話
波の音が優しいように感じた。
そういう優しい存在でよかった。特別ってなんだかわからない関係を、俺はわからないからわからないままでいようとしたような気がする。
喧嘩が強いだけの中学生に、何ができたっていうんだ。
勉強を教えてもらったり、怪我の手当をしてもらったり。俺は何も返していなかった。
先輩への想いが浮ついたもののように思われるのが不愉快だったはずなのに、思い返すとそうだったと認めるしかない。
今になってわかる。
鍵屋紗月に対する気持ちと似通っているから、気づいた。
「久しぶりだね、及川陽太くん」
防波堤の高い壁で座っていると懐かしい声が聞こえた。
「車の免許、取ったんですね」
先輩を見下ろす。
真っ赤な髪色にふわっとパーマをかけていて、黒髪ストレートの綺麗だった髪は見る影もない。
別人のような真っ赤な口紅、垂れ目を隠すように力強く見せている目元。
「別人っすね……」
力なく笑うしかない。
「降りてこないの? こんな
「見た目変わっても、中身は変わらないんじゃないですか。それ、鎧だろうし。戦闘服?」
「そうだね。……うん、そうかも。夜になると特攻服着てるから」
先輩は見た目だけで、やっぱり変わっていないんだと思った。でも、それは言わないほうがいい。
「降りるんで、ちょっと待ってください」
「あっちに車を停めてるんだけど、乗らない?」
防波堤から降りたあと、俺は離れたところにある黒いセダンを見た。
「話ならここで」
車に乗ってしまうと先輩は、俺を引き込むかもしれない。助手席に乗せた俺を誰かに見せる。それが狙いだとするなら。
「そっか。本当にけじめつけたんだね」
「なんすか、それ」
「チーム断わって、ふつうの男子高生になってるって、川井くんから聞いたの。好きな女の子が、真面目な子なんでしょ。喧嘩売られても買わないって聞いてびっくりしたんだから」
「俺も、先輩がレディースっていうの……びっくりしてますよ。強い誰かにすがるより自分が強くなろうとしてるんだろうけど、前よりしんどいんじゃないですか?」
あえて地雷を踏んだ。
「もう、私を助けないってことなんだね。陽太くんから先に離れたのは私なんだけど、きついなあ」
「そういうので
「名前だけだよ。知ってるんでしょ」
「それでも弱みは見せないようにしなきゃ。怖いものなんかねぇよってさ」
「陽太くんのこと好きだったのに」
「どうも」
俺もそうだったかもしれない。
それは絶対言わない。
「陽太くんにとって私は、頼りないお姉さんだったんだね。少し自惚れてた。残念」
「川井は、悪いやつじゃないけど……」
「川井くん? あの子はちょっと苦手。助手席には乗せたけど……」
「それなら二度と乗せたらだめっすね。つけあがります」
「わかったよ。そうする」
「じゃあ、俺は帰ります」
「さよなら」
先輩は、すぐに背を向けた。
ゆっくり歩いていたけど、後ろ姿を見ていると早足になっていく。
こっちを見ることなく手を振って、車に乗り込んで去っていった。
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