二、回想と後悔、それから

第46話

 四月の終わり、ゴールデンウィークの始まりの二十九日、川井が突然うちに来た。


「白水北中を見に来た」

「なんだよそれ。川井には、北中っていい思い出ないんじゃ?」

「悪い思い出だから、見るんだよ」

「わかんねぇな」

「玄関じゃなくて。上がっていい?」

「図々しいな。ちょうど誰もいないからいいよ」


 川井はへらへらと笑いながら、靴を脱いだ。

 リビングに案内すると、ソファに座る。

「早瀬さんに送ってもらったんだよな」

「……仲良いんだな」

「うらやましいのか?」

「んなわけねぇよ」

「早瀬さんはガード固いけど、二人でドライブ行ったり早瀬さんのチームの集会行かせてもらったり」

「チーム? 先輩、レディース入ってんの?」

「最初、晴月さんが作った連合の傘下にいたけど、女だけのチーム作ったんだって言ってたな。早瀬さんって顔がキレイだから目立つじゃん。かつぎ上げられてるだけらしい。それは承知の上だって言ってるけど」


 そういう世界に染まらないって言ってたのに……心境の変化でもあったのか?


「俺がチーム断った話と関係してないよな?」

「自惚れんな。及川は、晴月さんの妹の紗月ちゃんとうまくいくように頑張ればいいんだよ。ガキじゃねぇんだから見てるだけって、そろそろやめろよ。それと、早瀬さんにたいしてないんだろ?」

 川井は低い声で言いながら、俺を睨みつける。ポケットからたばこを取り出すのを見て、「ここは禁煙だぞ」と制した。


「本当に……及川は、早瀬さんを意識したことなかったのか? 男よけのために一緒にいただけだって聞いてるけど」

「俺の彼女だと周りに思わせるメリットがあったからな。それだけだ」

 川井は、深いため息をついた。

「そういうことにしとく。早瀬さんなー、今は特定の男いらねーってさ。それってさ、昔はいたような言い方じゃん……」

「俺が知らないだけで、誰かいたんじゃないか?」

「そうだよな。及川以外に誰かいたんだろうって、そう思っとく」

「不特定多数でいいんじゃなかったっけ?」

 いつだったか、そんな話をしていたのを思い出した。

「あのときはまだ、早瀬さんを知らなかったんだよ。絶対なびかない女を追いかけるのは、疲れるもんなんだな」

「疲れるならやめたらいいだろ」

 本気のように話しているけど、見せかけだろう。本心とは別の企みがあるように感じる。真剣さが伝わらない。

「及川は硬派だからなぁ……」

「その話がしたくて、うちに来たのかよ?」

「それだけじゃない。暇だったんだよ」

「バスで帰るのか? 迎えは?」

「待ってくれるわけないだろ。帰りは、バスと電車だよ」

 川井が、ため息をつく。

「早瀬さんがダメなら、紗月ちゃん狙うかな」

「ふざけんな」

「冗談が通じないくらい惚れてんなら、話しかけるとかどうにかしろよ」

 余計なお世話だ。


 ぐだぐだと先輩と鍵屋紗月の話ばかりする川井を、さっさと帰れと追い出した。

 そのあと、自転車チャリで海に向かう。

 

『男の人が怖いんだよね』

 中学一年の夏、この海で先輩と知り合った。

 喧嘩ばかりの毎日。親父とあの人の会話にいらついて家にいたくなかった頃でもあった。

『勉強して、全寮制の女子校を受けようと思ってるけど、親がだめだって』

 先輩はとにかく勉強を頑張っていて、息抜きに海を見ていた。

 男が怖い理由は、聞いちゃいけない気がしたから聞いていない。

 ――俺は怖くないんですか?

『陽太くん、私を《そういう》目で見てないでしょ? 弟がいたなら、こういう感じなんだろうって思うんだよね』


 

 


 

 

 

 


 

 

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