第61話

 やばいな。喉の奥まで痛みがでてきた。

 風邪をひいたか?

 背中と腹を殴打された痛みによる発熱、風邪の発熱……どちらにしても、明日学校行けるのか?


「顔が赤いよ、熱あるんじゃない?」

 理香子さんが額を触ろうとする。その手を軽くはらって、俺はふらつきながら階段をのぼり、部屋のベッドに横たわった。

 悪寒と気持ち悪さ。

 布団に包まっても、あたたかくならない。

 親父との約束が果たせない気がして、色んな意味で寒気がひどくなる。

 学校辞めなきゃいけないか?

 明日になれば熱が下がっているかもしれないからまだ弱気になるなと、気合いをいれようとする。

 中退したら、鍵屋さんに合わせる顔がない。きっと晴月さんはそんな俺を許さない。

 会う約束したり電話したり、そんな一日が台無しになってしまう。それは、過去の自分のしたことから降り掛かってきた。

 馬鹿みたいに喧嘩ばかりしてきたから、腹いせで待ち伏せされてこんなことになってる。

 真面目になろうとしても、簡単に過去は許してくれないのかと悔しくなってきた。


 自分がしでかしたことじゃねぇかよ。

 熱が下がらなければ、親父の言う通りにすればいいんだ。自分が撒いた種なんじゃねぇか。

 喧嘩でひどい怪我を負わせたことがある。そのときに謝罪をしたり治療費を出したり、それは親父がしてきた。

 親父の仕事を手伝う。中退してもプー太郎じゃなく仕事があるだけいいじゃねぇか……



 ぐだぐだ弱音を脳内で吐きながら、眠ってしまったらしい。

 朝になり、体温をはかる。

 三十九度越えていた。

 高熱が七年ぶりぐらいで、気持ちが弱っていたのかもしれない。


 リビングにいる親父に、

「熱がひどい。学校に行けそうにないんだ。約束通り学校は辞める。自分で学校に欠席連絡しておく。体調落ち着いたら、退学届とかの手続きすすめるから……」

 と言っておいた。

 ちょうど、理香子さんがあゆと朝食を作りに来たところだったので、理香子さんは驚いた顔で、俺と親父を交互に見ている。

 俺と親父の約束だから、理香子さんは口出しできない。

 あゆは理解できていなくて、

「お兄ちゃん、だいじょぶ?」

 と、手を握ってきた。

「ありがとう。風邪がうつるといけないから、部屋に来ないようにな?」

「わかった。お兄ちゃん、あゆのプリンあげるからはやく元気になってね」

 冷蔵庫にある、あゆのお気に入りプリンのことだろう。でもそれはもらえない。

 こんな情けない状態なのは自分のせいだから。


 親父は、軽く朝飯を食ったあと工場に行った。親父が出ていったあと、高校に欠席連絡をしておく。そのあと、篤史にも電話した。

『休むって、おい! それってさ、及川が、学校辞めるってことだろ?』

 篤史が大騒ぎして耳元で騒ぐ。頭に響くのが辛くなり、話の途中で電話を切った。


 それからは、這うようにして部屋に戻り、また布団に包まる。



 どれくらい眠っていたかわからないが、玄関のチャイムがうるさく鳴っているのに気がついて布団から這い出た。

 玄関のドアが勝手に開いた。鍵を閉め忘れたか……と思っていると、「こんにちはー」と、川井が現れた。

「なんで、川井がいる……」

 呆然としていると、ドアの隙間から鍵屋さんが見えた。

「え……鍵屋さん?」

 どうしてここに?

「おはよう……」と、鍵屋さんが小さめの声で挨拶してきた。

 なんで川井と一緒にいるんだよ……その怒りのほうが強くあらわれたせいか、

「どうして川井とここに?」

 と、不機嫌な声で言ってしまっていた。

 

「おまえさ、どうしてって、それはないだろ」

 川井が呆れたように言った。

「風邪で休んだって聞いたから、ここに来たんだろうが。篤史が紗月ちゃんに話したんだよ」

 篤史が櫛田駅で……

「ああ、そういうことか」

「わかったなら、玄関先じゃなくて家にあがらせてくれないかなー?」


 川井が図々しく言ったのには苛ついたけど、鍵屋さんまで帰れとは言えず、リビングに上がってもらうことにした。

 


 

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