第80話
及川くんとお兄ちゃんがどんな話をしたのか。気になる。気になるけど、彼女だったらなんでも聞いていいのだろうか?
わたしだったら、どうだろう。隠し事はしたくない。気になるから知りたいと言われたら、話す。
これが友達だったら? 瑛美里だったら、迷わず聞く……よね。
友達も彼氏も、今までいなかった。友達と思っていても、相手がそう思ってないことをあとから知ってしまうことばかりだったから。
こういう悩みは、瑛美里に話したら何かわかる気がする。明日、学校に行って聞いてみよう。
翌朝、六時過ぎに目が覚めた。歯磨きと洗顔を終えて制服に着替える。髪のセットは朝ご飯のあとにしようと自分の部屋からリビングに行くと――
珍しく、お父さんとお母さんがいた。
お父さんの仕事は、建築関係――ゼネコンっていうんだっけ――いろいろ忙しいらしくて、単身赴任とか出張とかで、ほとんど家にいない。
お母さんは、看護婦。わたしが小学校を卒業したあたりから夜勤の仕事もするようになった。
中学の三年間、女の子は家事できたほうがいいからって、家のこと……料理と洗濯だけやるように言われて、掃除はお母さん方のおばあちゃんが時々手伝いに来ていた。
「おはよう……」
二人が何も言わないから、わたしから先に挨拶してみる。
「お父さん、一年くらいこっちの支店の仕事するから」
大きなスーツケースがリビングの隅にある。
お母さんは、無表情でスーツケースに入っていた荷物を仕分けているようだった。
「お母さん、仕事は?」
お母さんがいつ家にいるのか意識しなくなっていたから、思わず口に出していた。
「……休みにしたのよ」
お母さんの声が低い。機嫌が悪いのがわかる。
「朝ご飯、わたし……作るけど、味噌汁と卵焼きでいい? フレンチトーストとか……」
明るく振る舞うわたし自身が、気持ち悪く思う。
どうして機嫌取りしようとしているんだろう。無駄なのに。そうだよ、無駄なんだ。
多分、お兄ちゃんはまだ寝てる。起きてこないで……
「紗月の作ったフレンチトーストが食べたいね。コーヒーは自分で淹れるから」
お父さんはそう言いながらキッチンに移動してお湯を沸かし始めた。
わたしはお母さんの姿を横目で見ながら、フレンチトーストを作ることにする。
お兄ちゃんも食べるよね。四人分作っておこう。
フライパンで焼き始めたら、お兄ちゃんがリビングに入ってきた。
「紗月、おはよ……って、親父もおはよ」
お兄ちゃんは、お母さんに気づいていないフリをしてお父さんに挨拶している。
「フレンチトーストかー、ありがとな」
そう言いながら、お皿を四枚食器棚から出してきた。
「お皿、ありがと。もうすぐできるから、先に顔洗ってきたら?」
そうする、と返事をしながらリビングから出ていった。
出来上がったフレンチトーストをそれぞれのお皿にのせ、テーブルに並べる。のんびり食べる時間はないから、わたしはインスタントコーヒーを淹れて、先に食べることにした。
わたしが食べ始めるとお兄ちゃんはコップに牛乳をいれて、お盆にそれとフレンチトーストをのせ、自分の部屋で食べると言いながら、出ていった。
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