第7話

 バス停に着いてすぐ、瑛美里が言った。

「及川くんのこと、これからどうするの?」

「どうするって……何も」

 家電いえでんの番号を交換したことを、言えなかった。隠すつもりはない。なんとなく言い出せなくて。

 及川くんから電話はないと思ってる。友達思い……義理堅い印象があるから。

 友達だからって、悪いことをしたときのへんな庇い立ては理解できない。


「ごめんね。紹介って、わたしには無理だったかな。好きな人自体、いらないんだと思う」

 及川くんは、気になる人だけど――好きな人というのとは、違うと思う。

 好きという感情が、わからなくなってるかもしれない。


 鳥生くんの謝る姿、七瀬をなじる友人たち。

 鳥生くんのことを好きだったわたしは、あのとき、どういう態度でいるのが正解だったのかな。

 泣きじゃくって、七瀬を責めたらよかった? 鳥生くんを責めればよかった――? それらが正解だったなら、その態度が本物の恋だというなら、わたしは……

 誰も好きにならなくていい。

 不完全燃焼じゃない。あれは、恋じゃなかったんだ。


 「紗月? 大丈夫?」

 瑛美里が、わたしを心配そうに見ている。

「うん。大丈夫だよ」

「バス、来たみたい。また、明日ね」

 バス停にゆっくりバスが停まる。

「またね」

 瑛美里に手を振り、バスに乗った。



 家についてから、及川くんの番号の書かれたメモをカバンから取り出す。

 今日は、ドキドキした。

 楽しかった。

 また、会いたいのかな? 

 話したいのかな?

 わからない。

 メモは、部屋の机の引き出しの奥に仕舞った。


 夜九時、宿題をしながら音楽を聴いていると、お兄ちゃんがわたしの部屋をノックした。

「紗月、オトコから電話だぞ。及川って名乗ってる」

 及川くん? 本当に電話してきたの?

 慌てて立ち上がり、部屋のドアを開ける。するとお兄ちゃんがニヤけながら、わたしを見ていた。

「なんだ、彼氏オトコできたのか? ほら、電話、引っ張ってきてやったぞ」

 うちの電話線は、お兄ちゃんがいろいろいじって、二階まで電話機本体を移動させることができる。

「ありがと」

 電話を部屋に引き込んで、ドアを閉める。お兄ちゃんが部屋から離れたのを足音で確認してから、保留を解除した。

「もしもし?」

『今の時間、大丈夫だった? ていうか、お兄さんにびっくりした』

「何か言われたの?」

『どこの及川だとかいろいろ聞かれたから、素直にいろいろ答えた』

「お兄ちゃんのこと、怖くなかった?」

『怖くない。泣かせたらぶっ殺すかもなって笑われたけど』

 お兄ちゃん、二十五歳になってもまだまだやんちゃなんだから……

「ぶっそうなこと言われたんだね。ごめんね」

『俺のほうが泣くことはあるだろうけど、その逆はないだろ』

「え? 泣くの? どうして」

『そこは、サラッと流してほしいとこなんだよなあ』

 及川くんが電話越しに笑っているのがわかる。

『今度の土曜日、ヒマ? 嫌じゃなかったら会ってほしい』

「どうして」 

『どうしてって……』

 

 及川くんが、口ごもる。

 困った様子の及川くんのそばで『長電話、やめなさいよ』と、声が聞こえた。

 お母さんかな?

『うるせぇな、出来る限り用件だけにしようとしてんだよ、聞き耳たてんじゃねぇぞ』

 受話器を離しているようだけど、ちゃんと聞こえている。

『ごめん、うるさかったろ』

「ううん。大丈夫」

『嫌なら、電話しないし、朝も鍵屋さんから見えない場所にいるようにするから』


 嫌なら……と言われて、わたしは黙ってしまう。

 どうなんだろう?

 迷惑じゃない。嫌だと思わない。

 

『迷惑じゃないなら、友達……として、それでいい』


 及川くんの近くにテレビがあるみたいで、ドラマの告白シーンが聞こえてきた。

 及川くんの言葉と似たようなことを、俳優が言った。その返事は、しばらくしてから女優が『友達でいいの?』と返している。


 気まずい空気を、電話なのに感じてしまう。

「迷惑じゃない。電話じゃ話が長くなるから、会っていろいろ話すね。今度、聞いてくれる?」

 鳥生くんのことを話すのは、よくないとは思う。でも、今のわたしの気持ちを話すには、言わなきゃ伝わらない気がする。

『わかった。じゃ、土曜日の昼一時過ぎに、櫛田駅で待ってる』

「うん。わかった」

『じゃあ、また』

「ばいばい、またね」


 


 

 


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