第12話

「いつの間に番号交換してんの。おまえら、電話するくらい仲良くなったんだな。まだ彼女じゃねぇんなら、紗月ちゃん、今度は俺と電話したりデートしたりしよっか」

「しません」

 わたしは話を終わらせようと、食い気味に言い切る。


「川井は黙ってろ。頭、痛くなるから」

「頭痛薬を買ってこなかったけど、あるかな?」

「ごめん、鍵屋さん。これは薬で治るような頭痛じゃないから……」


「陽太くん、飲み物は何がいい?」

 やりとりを聞いていたおばさんは、にこやかに笑いながら、話をさえぎった。


「鍵屋さんはコーヒーだよな。川井は水で、俺はいらない。これがあるから」

 及川くんは、わたしが買ってきたスポーツドリンクをスーパーの袋から出しながら言った。


「おばさん、俺もコーヒーで!」

 川井くんの言葉に、おばさんはくすくす笑いながらうなずく。

「川井くん、雰囲気変わったねぇ。かどがとれたみたい」

「鍵屋さんがいるから、猫かぶってんだよ。川井は女子がいると丸くなる」

「いつもイライラしてるよりいいと思うわよ。じゃあ、飲み物を持ってくるからね」


 おばさんがリビングから出ていくと、及川くんは少しだけおだやかな雰囲気になった。

 お母さんのことを[あの人]と呼ぶのは、他人行儀過ぎる。おばさんも、少しよそよそしいようだった。


「あの人、俺の母親じゃないから。親父の恋人オンナだよ。籍いれてないし一緒に住んでない」


 気にしてるのが顔に出ていたんだろうか。及川くんの低い声での言葉が、妙に突き刺さった。


「なんか……ごめんなさい」

「謝らなくていいよ。たいしたことじゃない」

 空気が淀んだようだった。

 ふだんは表情に出ないのに、なんでこんなときに出してしまったんだろう。


「俺の母親は、どっかで生きてるよ。俺が小さい頃、出ていった。今、何してるか知らない」

「そっか……」

 どう反応していいのかわからず、へんな相槌を打ってしまった。

 気まずい空気は、リビングの扉が開いたところで終わる。


「はい、コーヒーとクッキーね。私は、歩歌あゆかのお迎えに行ってくるから。鍵屋さんと川井くん、ごゆっくり」

 おばさんがテーブルにコーヒーカップとクッキーを置いた。

「親父は?」

「そろそろ休憩の時間だと思うから、こっちに来るはずよ」

「わかった」


 おばさんがリビングを出たあと、わたしは、「いただきます」と手を合わせる。

 コーヒーカップから漂う香りで、インスタントじゃないんだなと察した。

「おいしい……」

 コーヒーをおいしいと思うようになったのは、中二の夏くらいだから、まだ本当のおいしさなんてわかってないのかもしれないけど――

 このコーヒーは、深くて少しだけ苦いけどどことなく甘いような、優しいような。

「うまいな。コーヒーって、こんなだったっけ?」

 川井くんは、目を輝かせてうまいと何度もつぶやいている。


「陽太。寝てなくていいのか? それともサボりか?」

 突然、ドアが開いた。

 

 



 


 

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