第42話

 彼女欲しいと思わない……それっておかしいのか? 告白されても、相手にたいして関心もなければ好意もない。だったら断るしかないだろ。

 彼女いるのが当たり前、あわよくばヤれたらいいというのは、よくわからない。古い考えだと笑われようが、自分が好きじゃないと……

「喧嘩するなら俺ら、帰るぞ」

 ちょっとした言い合いになっている里中たちを見て、俺は言った。もしかしたらじゃれてるだけか?

「えー、帰るの?」

 瑛美里ちゃんが少し残念そうに言う。里中がそれを見て、瑛美里ちゃんには見えないように睨んできた。

「家の手伝いあるから。川合も帰ろうぜ?」

「そうだねー。そろそろ邪魔だろうから。じゃあまたな」

「またな」


 電車に乗り、俺は櫛田で降りる。川合は降りないらしく、そこで分かれた。どこに住んでいるのか、なんで言わないのか。

 複雑な事情がありそうだから、聞かないでいようと思う。

 櫛田駅で白水行きの時間を確認すると、十五分後らしい。

 駅ナカの売店でパンを買う。たこ焼きだけではもの足りなかった。

 ベンチに座り、かばんの中からウォークマンを取り出してイヤホンをつける。カセットには、好きなバンドの好きな曲を編集してある。

 再生を押したあと、パンを食べ始める。ギターリフに聴き入りながらパンを食べ終わり、改札口を抜けた。

 櫛田駅から白水駅まで一時間以上かかる。ウォークマンで音楽聴くようにして良かった。退屈せずに過ごせるのはいい。

 

 高校二日目。今日は実力テストらしい。

 とくに勉強していない。

 北河のたこ焼き屋で先輩が言っていたけど、最初の実力テストは適当で問題ないらしい。

 例外はあって、普通科の一組だけは、県立を受けたけど不合格になったある程度優秀な生徒や入試の点数が良かった生徒が集められているので、一組の生徒だけは学期はじめの実力テストである程度の結果を残さないといけないらしい。進級時に一組以外のクラスに振り分けられる。それが嫌なら、勉強しろってことらしい。

 俺が一組なのは、入試の点数が良かったんじゃないと思う。

 普通科の一組以外にいたら、問題を起こすかもしれないからだろう。一組にも、リーゼント頭のように喧嘩腰のやつはいたけど、他のクラスならもっとひどいと想像がつく。隔離みたいなものだろう。

 だからどれだけひどい点数を取っても、進級時に影響はない。

 赤点なら追試はあるだろうけど。

 白水から電車に乗り櫛田駅に着いた。朝が早いから眠気はある。櫛田からは乗客が増えるから眠気は冷める。

 電車を降りたあと、自販機でポタージュを選ぶ。朝飯を食べそこねた……

「あっ、すみません!」

 ポタージュの缶を取ろうとかがんだ瞬間、誰かがぶつかってきた。

 缶が手から滑り落ち、転がっていく。

「ごめんなさい! 缶が凹んでしまって! 買い直します。ちょっと待ってください」

 ぶつかってきたのは、北河高校の制服を着た女――顔、見たことある……?

 いらないと言おうとした。でも、あっという間に新しいのを買ってしまっていた。

「凹んだのは、わたしが飲みます。ぼーっとしていたせいでぶつかったから……わたしのせいなので!」

 まっすぐに俺を見てきた。

 ……櫛田の中学の卒業アルバム、鍵屋紗月。

 アルバムのときと髪の長さは同じ。写真の無表情とは違う。どこが違う? から?

「いや、俺もぼんやりしてたから……」

 新しいポタージュを手渡される。

 凹んだポタージュ缶は、鍵屋紗月の制服のポケットに入れられた。

「ごめんなさい」

 何度も頭を下げられ、俺から離れていきながらも何度か立ち止まり、更に頭を下げて――

 手渡されたポタージュ缶が熱いせいか、顔まで熱くなっていた。

 

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