第57話
川井は、北河までついてきた。
改札を抜ける前に、俺は櫛田から北河までの電車賃を支払う。
改札を抜けて駅の構内を歩いていると、篤史と川井のクラスメイトが篤史たちがたこ焼き屋にいると伝えてきた。
「瑛美里ちゃんが来てるって?」
川井がクラスメイトから、篤史と一緒に二人オンナがいたと聞いたようだった。
「それって、瑛美里ちゃんの友達だろ。紹介? 櫛田駅で毎朝見てる女の子はもういいってこと? 及川もようやく……」
「そうじゃない。うるせぇよ」
ニヤニヤしながら川井が冷やかす。
たこ焼き屋につくと、奥の席に篤史たちがいるのが見えて――
鍵屋紗月?! どうしてここに。
遊木さんと友達だったのか……
「紗月、たこ焼き食べないの?」
遊木さんが名前を呼んでいるから間違いない。鍵屋紗月だ。
「及川、なんで川井まで連れてきてんだよ」
篤史が立ち上がり近付きながら俺と川井を交互に見る。
すると、遊木さんと鍵屋紗月も俺と川井を見た。
鍵屋紗月が驚いた顔をしている。
「もしかして紗月ちゃんって、毎朝、
篤史の口を慌てて塞ぐ。
「なるほどぉ、そういうことー。でもさー、及川って彼女いらないって言ってたじゃん。だったら紗月ちゃんを紹介してもらうのは、俺でいいんじゃない? いいよねー?!」
川井が、篤史と遊木さんを見ながら軽い口調で言っている。
鍵屋紗月は、冷静に状況を理解しようとしているようだった。川井の軽口には嫌悪感を隠しきれていない気がする。
「あのさ、及川……」
篤史が俺の手をはらいのけ、肩をがしっと掴んできた。
「及川が気になってた櫛田駅の子が、瑛美里の友達だったんだな?」
小声でぼそぼそと話していると、遊木さんが「あっちゃん? どうしたの」と、話にはいってきた。
篤史から話を聞いた遊木さんは、嬉しそうな顔で「及川くん、よかったじゃん!」と、はしゃいでいる。
三人でこそこそ話している横で、川井がまだへらへらと話し続けていた。
「紗月ちゃん、俺と付き合うの前提で、今日これから遊ばない? どう?」
「勝手に紗月に触れないでよ」
「瑛美里ちゃん。俺は紗月ちゃんに聞いてるんだよね」
「紗月は、いやがってる。ね、いやだよね!」
遊木さんは、同意を求めるように強く言い放つ。
「トキ高の男を紹介してもらうっていう場にノコノコ現れて、その態度はないんじゃない?」
川井の冷たく言い放った言葉に、俺はつい手を出してしまう。
川井が床に倒れた。
たこ焼き屋にいたトキ高の先輩に「及川、喧嘩するなら外でやれや? 大将に迷惑かけんなよ」と言われ、篤史が川井を外に連れ出した。
それを見て、遊木さんは篤史を追いかける。
鍵屋紗月が呆然としている。
遊木さんが出ていった店の入口を見つめながら、立ち上がれなくなっているようだった。
川井の言葉に苛ついたのは、俺も少しだけそう思ったからでもあった。
なんで紹介なんかに……
篤史や遊木さんは悪くない。
トキ高のオトコを紹介すると言われて警戒心持たずにいることが、許せないんだと思う。
「トキ高のヤツと付き合おうって、ホンキで思ってる?」
こんなことを言いたいわけじゃない。
誰と付き合おうと、俺がとやかく言える立場じゃない。
俺自身がそういう男だと思われたとしても、それは仕方ない。
「朱鷺丘高なんて、ろくでもない野郎の集まりだ。最悪やり逃げされることもある。川井なんかは、そんなことしか考えてない……」
仕方ないとか思いながら、川井を悪く言ってしまう自分に、嫌気が差す。
「川井くんって友達なんでしょう。どうして悪く言うの?」
正論だ。
「そうじゃなくてさ、自分を大事にしろって言ってんだよ」
これは保身での言葉だった。カッコ悪い。
情けなくていらつく。
「じゃあ、あなたはどうしてここに来たの。イヤなら断ればいいんじゃないの?」
返す言葉がない。
「何も言えないってことは、あなたもそういう人なんじゃない?」
「篤史に頼まれて断れなかったんだよ。信じられないだろうけど、本当にそうなんだ」
なんで、俺は余計なことばかり……
「わたしだって、そうだよ……」
二度目の会話が、こんなに気分の悪いものになるとは思ってなかった。
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