007 順調な旅……?




 それからの旅は順調だった。

 時々、町を見付けては旅の間に狩った魔物を売り払う。死んだ魔物なら町の中に持って入ってもいいからね。

 魔物の素材は使い途が多々あって大変喜ばれる。少し大きな町になると魔物の引き取り所があちこちにあるぐらい。

 素材は防具になったり武器になったり、はたまた魔道具にも使われる。肉も騎獣鳥の餌になるらしい。チロロは肉食を好まないけど、アウェスなんかは倒したその場で食べちゃう場合もあるそう。なかなかのアグレッシブさだ。

 それはともかく、魔物の需要があるおかげで旅費はプラスに傾いてる。町の出入りにかかるお金と食料の買い出しを済ませても残るのだから順調だよね。

 そうそう、日々の支出の中に宿代が入っていないのには理由がある。泊まっていないからだ。


 そりゃね、辺境に近い町まで来て泊まる人っていったら、商人ぐらいだと思うよ。あと護衛。

 だから、そもそも論として宿屋自体がない。

 とある小さな町では「町長に頼んで空き家を間借りする」って聞いた。一応見せてもらった空き家は掃除がされていないし、しかも「途中で誰か増えるかも」と言われてゾッとした。知らない人と一緒に雑魚寝なんて嫌だ。

 それなら町の外で野営した方がマシ。

 町の中には旅人がテントを張ってもいい広場が用意されているそうだけど、なにしろ狭いしプライバシーってものがない。共同の竈を使うといった細かいルールもある。早々に諦めたよね。

 どうせ泊まるなら清潔で可愛い宿屋がいい。

 前世で動画を観て楽しんでいた「ラグジュアリー系」のホテルステイとまではいかなくてもさ。ちょっとお洒落で非日常なホテル、そんなところに泊まってみたいじゃん。

 だから、いっそ素敵な宿屋を見付けるまでは野営を続けてもいいなって思っていた。

 まあ、それもこれも父さんの作った便利な魔道具があるからこそだ。


 という感じの、そこそこ順調な旅だった。




 その日は朝から雨が降っていた。

 地図によると、次の町までは四日ほどかかる距離かな。街道じゃなくて森の上空を突っ切れば三日、チロロが飛ばせば一日で着くんだろうけど、別に急ぐ旅じゃない。のんびり速度で飛んでいた。

 本当は騎鳥は雨の飛行が苦手らしい。休むのが普通なんだろうね。でもうちのチロロは平気なんだってさ。僕も雨の飛行は嫌いじゃない。視界は悪いし濡れちゃうけど妙に楽しくなる。

 だもんで、ふんふん鼻歌まで飛び出ていた。

 その時、ふと風の流れに違和感があった。魔力の揺らぎも感じる。


「……チロロ、あのあたりで旋回してくれる?」

「ちゅん!」


 伸ばした指示棒で行き先を伝えると、チロロが素早く方向を変えた。

 速度が落ちたのでゴーグルを外す。雨合羽のフードはちゃんと結んであるけど、念のため押さえとしてゴーグルを頭上にずらした。


「魔物じゃないね」


 木々の間から地上を窺うと争い事の気配。一瞬だけ話し声が聞こえた。人間だ!

 大型獣に追われているのかもしれない。それなら助けてあげないと。

 僕はチロロに周囲の警戒飛行を頼んでから飛び降りた。

 飛び降りるだけなら全然問題ない。雨が降ってて風が読みづらいけれど、それも問題なし。たとえ飛び降りた位置が木々より高い上空だろうとも。


 風のない土砂降りの中を垂直に下りて、常緑樹の枝で一度ワンクッション置く。僕のブーツは先端にも底にも薄い鉱板を貼ってあるし、魔法で強化もしてある。素足側には足を保護するクッション材も入っていた。岩に下りても響かない。クッション材は竜の硝子軟骨からできている。父さんのお宝だ。作ってくれたのも本人。有り難い。

 といって、道具がいいだけではダメ。耐えられる体が必要なんだ。これを教えてくれたのは母さんだ。


「よ、っと!」


 膝を曲げ、体全体を使って衝撃を和らげる動作は慣れたもの。幼い頃から教え込まれた体は何も考えずとも動いてくれる。

 続けざまに枝をクッションにしてトントンと下りていく。飛ぶように、跳ねるように。自分の思うままに動く体が楽しい。


 それもあっという間だ。

 地面に降り立った。


 そこで気付いた。大型獣に追われていたんじゃない。

 ならず者どもが誰かを追い詰めていたのだ。先を見ると、相手はまだ成鳥になったかどうかの騎鳥、そして若い騎士だった。

 騎士だと分かったのは、父さんに聞いた通りの格好だったからだ。

 本来はピカピカだったはずの徽章まで泥で汚れている。

 僕は急いで駆け寄った。


「何やってんの!」

「はっ?」

「なんだ、おい、突然……!」

「一体どこから」


 慌てる男たちは見るからに悪人顔だ。だけど念のため聞いてみる。


「どういった理由でたった一人を追い掛けてるのか教えて。騎士さんが何か悪いことでもした?」

「へっ、なんだこいつ」

「お頭ぁ、コイツはフードを被ってやがるが、若い女じゃねぇですか?」

「マジかよ! こんな森の中に女か!」


 ニヤニヤ笑う男の顔はどこから見ても悪人だ。「若い女」相手に下卑た発言するぐらいだもん、ろくな奴じゃない。

 これで心置きなく騎士の方を助けられる。

 旅に出てまだ一月と経ってないのに人助けが二回目。

 この世界、大丈夫かな。

 日本が平和すぎたんだっけ。

 つまり海外に旅行しているのと同じ感覚でいた方がいい。そうだよね、両親があれだけ口酸っぱく注意してたんだ。警戒は大事。

 僕は指示棒を振って伸ばした。ジャキンと音が鳴る。戦闘開始の音だ。


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