086 隣国の王子の提案、その対策




 新しい事件が起こったんじゃなかった。

 シルニオ班長は執務室に戻ってくるなり、僕に「お茶を淹れてくれるかい」と頼んだ。疲れた顔してる。サヴェラ副班長の姿はない。


「クラウスはホイッカ団長補佐に呼ばれた。僕だけ先に帰ってきたんだ。あとで愚痴を零されそうだね」


 苦笑するシルニオ班長に、特製のハーブ茶を出す。


「ああ、良い香りだ。カナリア様々だよ」


 今まではサヴェラ副班長しか美味しいお茶を淹れられなかった。僕が入ったことで人員が増えたと一番喜んだのはシルニオ班長だ。お疲れ様です。


「ヨニたちはまだ訓練中かな」

「呼びますか?」

「そうだね、うん、そうしてくれるかい。そうだ、ニコの騎乗訓練はどこまで進んでいる?」


 とは、僕の目から見ての仕上がり具合を聞いているんだろう。


「もう皆と合流してもいいと思います。オラヴィ先輩よりは上手いかも」

「すごいな。元々、騎鳥に乗れていたとはいえ、勘を取り戻すのが早いよ」

「ニコは要領がいいですよね」

「うん。人当たりもいいんだ。この班に引っ張ってきて良かったよ」

「はい。じゃあ、呼んできます」


 と言って、ドアじゃなくて窓に向かう。窓から飛び降りた方が早いからだ。シルニオ班長は見ないフリをしてくれた。

 意外と面白がって許してくる上司なんだよな。前回のドレスで飛び降りた件も「よくやった」と褒めてくれた。ホイッカ団長補佐も怒らなかった。効率を重視する人だからかな。ライニオ団長は「女の子が……」と絶句してた。女の子じゃないんだけど、格好が悪かったのかもしれない。



 僕がヨニ先輩たちを連れて執務室に戻ると、サヴェラ副班長も帰ってた。で、唐突に話し始めた。


「お忍びでセルディオ国の王子が来ています」

「えっ」

「捕虜交換の話だそうですよ」

「今は外務大臣との話し合い段階だけれど、そのうち交換という話になると思う」


 シルニオ班長が複雑な表情で説明する。そりゃそうか。犯罪者を捕まえたのに、まるで戦争捕虜かのように交換を申し出られてるんだ。しかも最初は自国民ではないと突っぱねていた。

 お忍びってことは、このまま公には発表せず、内々で取り引きしようとしてるわけでしょ。そりゃ、納得いかないよね。

 外務大臣に頑張ってもらいたいけど、シルニオ班長の言う通り「交換」になるんだろうな。

 なにしろ、向こうには正真正銘、アルニオ国の戦争捕虜がいる。セリアの父である天族もだ。


「先ほどの緊急会議でライニオ団長から指示が下りました。おそらく、捕虜交換は国境で行われるでしょう。我々は護送を担当します。軍からはほぼ出せません。相手が許さないでしょうからね。しかし、魔術師団の応援はあります」

「大変な仕事になりますね」


 説明してくれたサヴェラ副班長に対して、ヨニ先輩が真面目に答えた。

 ユッカ先輩は腕を組んだ。


「ふうん。でもさ、僕らも出るんだ? こういう目立つ仕事は他の班が取りそうなのに」

「複数の班じゃないとダメだからでしょ。わたしたちの班は臨機応変に動くのが得意だから指名されたんじゃないかしら」

「シルニオ班長が頼りになるからだな」

「オラヴィは黙ってろよ」

「ユッカも黙ってなさいよ」


 安定の先輩たちです。全然気負ってない。

 すると、シルニオ班長が僕とニコを見た。


「僕らの班が選出されたのには訳がある。ヘルガが話した通り、我が班は遊撃が得意だ。騎士団の中でも騎乗練度は高い。ニコ、君も一緒に出るように」

「は、はい!」

「カナリアもだ。君には重要な役目がある」

「なんでしょうか」

「セリアの護衛だ」

「えっ、セリアを返すんですか?」


 嘘だろ、って顔で見たら、シルニオ班長が苦い顔になった。


「相手側は『全員』の返還を求めている。ただ、こちらとしてはセリアを保護したい。そもそも、セリアの父は捕虜だった。元はこちらの所属になる。セリアが向こうで生まれようとも変わりない。それに捕虜の子として扱われているのなら、身分も同様だ。何より、あちらへ戻すのは憐れだ。外交官がギリギリまで交渉する予定でいるが、もしもダメなら『自由に動いていい』と言われている。向こうにいる天族との話し合いにもよるけれどね」

「あ、つまり、現地での交渉次第では『奪還』してもいいってことですか」

「カナリア、言葉を選びなさい」


 サヴェラ副班長が窘める。僕は「はーい」と答えた。


「僕らとしても、盗人をおめおめと捕虜交換で逃すのは業腹だ。けれど、あちらで十数年も過ごしている我が国の民を思えば、受け入れざるを得ない」

「あいつら、これまでは数人ずつしか応じなかったんだぞ。のらりくらりと躱すんだ。僕の友人が外務省の事務官やってるから、よく愚痴を零してたんだよ」

「ユッカ、そういった時は『とある筋からの情報で』と言いなさい」

「はーい」

「全く、カナリアがあなたの言葉遣いを真似ているではありませんか」

「えぇー、こいつは元からこんなんだけど。どっちかっていうと、ニコが悪いお手本だろ」


 言いながら、ユッカ先輩がニコの頭をぐらんぐらんと揺らす。ニコは嫌そうな顔で「濡れ衣っすよ」と答えた。


「大きな仕事の話だというのに、あなた方ときたら……」

「まあまあ、クラウス。これぐらいでないと、やってられないさ」


 上司二人が苦笑いしている。この二人もなんだかんだ、突発的事態に応じられる胆力があるよね。臨機応変だし。そうじゃなかったら、僕がニコを助けた時に「一緒に町へ行きましょう」とか「騎鳥との付き合い方や飛ばせ方について教えてほしい」なんて誘わないよね。あの時の僕は一般人だったもの。しかも、彼等からすれば、僕は海のものとも山のものともつかない人間だよ。

 度量が広い。

 うちの班で一番の常識人はヨニ先輩だ。だから真面目な顔で上司に問う。


「騎士団からはどれぐらい出ますか。軍を出さないと言っても、ある程度の兵士の応援は必要でしょう。今のうちに書類の下準備をしておきたいですね」

「そうだね。ホイッカ団長補佐の仕事がいっぱいいっぱいらしいから、おそらく計画書の素案作成が回ってくると思う。君とハンヌ班長のところで資料を集めてもらおうか。ハンヌ班長と僕が仕上げるよ」

「助かります。ハンヌ班の皆さんは書類作成もきっちりされていますから」

「はは。ホイッカ団長補佐の準騎士でメガネを掛けている男がいたろう? 彼が今回の件の事務担当になる。情報も彼に集まる予定だ。人数が出次第、打ち合わせよう。うちの班の事務担当はヨニにしておくよ。いいね?」

「承知いたしました」


 オラヴィ先輩、シルニオ班長に指名されたヨニ先輩を「いいなー」って顔で見ているけど、立候補はしなかった。事務仕事ができないの分かってるもんね。その代わりに何かできないかと考えた模様。パッと笑顔になって手を挙げた。


「俺、使いっ走りします! シルニオ班長、いつでも命じてください!」

「うん、そうだね。まずは連携訓練の精度を高めようか。オラヴィはニコと組むように」

「はい! ニコ、行くぞ」

「うへぇ、はいぃ!」


 暑苦しいオラヴィ先輩に連れられ、ニコはドナドナされてった。

 ていうか、シルニオ班長はオラヴィ先輩の扱いが上手いな。もしかして犬を飼ってた経験があるのかもしれない。


「ユッカはいつものようにヘルガと組むように」

「はーい。あれ、じゃあ、ヨニは?」

「クラウスの補佐に就けるよ。そろそろ副班長の仕事を覚えていい頃だ」

「おー。出世だ」

「君やヘルガも事務仕事を覚えてくれたら――」

「練習行ってこよ! ヘルガ、行くぞ」

「はいはい。シルニオ班長、失礼します」


 二人とも返事を待たずに急いで出ていった。そんなに事務仕事が嫌いなのか。

 シルニオ班長は呆れ顔だし、サヴェラ副班長は冷たい目。


「出世しなくてもいいみたいですね?」


 思わず呟いちゃうのも仕方ないと思う。

 サヴェラ副班長はこっちを向いて吹き出した。怖い顔じゃなくなってホッとしたよ。









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