087 出世して、予想通り、傭兵ギルドへの応援要請
笑いが収まると、シルニオ班長が溜息を吐いた。
「出世してもらわないと困るんだけどな」
「そうなんですか?」
「平民はほとんど班長になれないんだ。彼等のような貴族出身者が頑張ってくれないと、僕らも困るんだよ」
「あー」
「勘違いしてほしくないんだけど、身分差というよりは知識の差だね。貴族は高等学校に通うか、家庭教師を付けている。土台が出来上がっているんだ。平民でも学校に通えるとはいえ、騎士団の昇格試験に受かるのは並大抵の努力じゃ難しい」
それもあるだろうけど、たぶん、平民の上司が命じても貴族出身の平騎士が応じないんじゃないのかなぁ。副班長以上になるには試験もあるけど面接だってあるそうだし。
まあ、準騎士の僕には関係ない話だ。
僕もユッカ先輩の気持ちは分かる。偉い立場になるのって大変だよね~。せめて班長までだよ。ホイッカ団長補佐を見てたらすごく大変そう。なりたいって思わないもんね。
僕は休日をしっかりとって可愛いものたちとのんびり過ごすんだ。
と、ペーペーの立場を満喫してた。
さて、皆が予想した通り、隣国出身の盗賊団は「捕虜」扱いになった。そして以前の争いで捕虜となった兵士らとの交換が決まった。
外務大臣は粘りに粘って、国境付近で行方不明になった「民間人」の返還も求めた。
当時のセルディオ国は「スパイ」だと言ったり「そんな人物は知らない」としらを切ったりしていたらしいけど、今回は「捕らえた」事実を認めた。そして、提案を受け入れたそうだ。
こっちには行方不明者のリストがある。もしも漏れがあれば「取り決めに反している」として交換の際の平等ルールを突き崩すと、張り切っているらしい。
捕虜交換を行う国境までは、腕利きの外交官も一緒だ。騎士団は彼等の護衛も兼ねている。兵士は捕虜の連行がメイン。とはいえ、人数はそこまで割けない。これが目当てでセルディオ国が王都に攻め込む可能性だってあるからだ。王都にも腕利きの騎士を残しておきたい。
なので、こちらの足りない人員は傭兵ギルドで補う。戦闘員としてではなく、あくまでも補助。依頼内容も基本的には露払い、ハッキリ言えば魔物対策になる。
もっとも、現場で何らかの事件が起こって混戦状態になれば参戦するだろうね。依頼書にも注意書きはあった。
僕は依頼書を騎士団側でも見たし、傭兵ギルドでも見た。
「カナリアはどっちの立場で行くんだ?」
「僕は天族の護衛も兼ねてるから、騎士団で動くよ」
「マジかよ。俺と先行するんじゃないのか」
「ヴァロはなんでそんなにワクワクしてるの。街道沿いには山賊なんていないんじゃない?」
「バカ、お前、魔物を狩れるだろうが」
「アドと乗れるようになったからって、大物を狙うつもりなんでしょ。無理させちゃダメだよ」
「うっ、分かってる。ちゃんと訓練はしてるし、アドも限界を教えてくれるようになった」
アドは頑張り屋だし、ヴァロのためにと無理しちゃうんだよね。健気すぎる。
僕が懇々と諭したので最近は体力温存するようになった。ニーチェの通訳も助かった。ニーチェは神鳥の子供だからか、騎鳥たちはちゃんと聞いてくれるんだよなぁ。
もしかしたら赤ちゃんなのでメロメロになってる可能性もあるけどさ。
「傭兵ギルドからは他に誰が出るの? エスコも来るのかな」
「いや、エスコは別の案件が入ってる。騎士団の応援には俺を含めて七人だな。そのうち二人は女ども、じゃなかった、女性だ」
「え、そうなの?」
「追加で指名があったんだ。女性を入れてほしいって」
「捕虜に女性がいるのかな」
「だろうな。騎士団第八隊には女性が少ないんだろ?」
「うん。ところで、お姉さん方は誰が来るの」
お姉さんとは、彼女たちがそう呼べと言ったからだ。傭兵ギルドの会員たちも最近は「姉さん」と呼ぶ人が出てきた。ただ、嫌みっぽくも聞こえるので当の女性傭兵からは「やめろ」と声が上がっているらしい。
「ミルヴァとシニッカが行く予定だ」
「わお」
ミルヴァ姉さんは女性傭兵のリーダー的存在で、とにかく強い。騎獣や騎鳥にも乗れる。ただ、個人で所有はしていない。出張の多い仕事だし、女性傭兵の場合は王族や貴族の護衛も多くて連れていけないそう。面倒を見てやれないのは可哀想だからと話していた。
もう一人のシニッカ姉さんは貴族出身だからか、礼儀作法に長けている。レイピアが得意。得意ってだけで、実はどの武器も使えちゃう。格好良いお姉さんだ。
「すごい二人を就けるんだね」
「実力者を所望してるってよ」
七人という数は少ないかもしれない。でも、ヴァロを含めたお姉さん方は傭兵ギルドでもトップクラスの実力者だ。ギルド側も今回の件をヤバいって思ってるんだろうな。
もし下手を打ったら戦争になるかもしれない。
小さな争い事はこれまでも頻繁にあった。けど、国同士の争いとなると十数年前に起こった戦争が最後だ。貴重な男手を奪われた地方では悲惨な生活が続いたという。
農作業ができないって以前に、魔物を退治する人がいなければ地方の町は維持できない。
代わりに、魔道具が発展した。
父さんの発明した便利魔道具で危機を脱したと、マヌおじさんがしみじみ語っていたのを思い出す。
マヌおじさんは軍人だった。けど、戦争をしたいと思ったことはないと断言した。守りたい人がいるから、そして自分には戦えるだけの力があるから軍に入っただけだと言ってたっけ。
そもそもセルディオ国が仕掛けてくるのだ。ずっと昔から少数部族同士で争いを続け、土地を奪い合った末に生まれた国だった。
それを「国」として成り立った後にも続けようとしている。
「人のものを欲しがって奪おうとするなんて子供みたい」
「だよなー。努力もしねぇで、楽して他人様から奪い取るって根性がムカつくぜ」
ヴァロが盗賊退治をしたがる理由もそれ。
「あっちは砂漠もあって、土地が貧しいんだっけ」
「らしいな。食べるものがないせいか、騎鳥や騎獣が少ないと聞いた。その分、魔物も少ないそうだけどな。奴等ときたら他の国を羨んでばかりだ。こっちはこっちで大変だってことが分かってねぇ」
魔物に襲われて村や町を放棄した話は結構聞く。
森は恵みを与えてくれる。同時に脅威もあった。
「お願いされたら、誰だって優しく接してあげるのにねぇ」
「元が騎獣民族だろ? プライドが高いんだってよ。頭を下げられないらしいな」
「よく知ってるね」
「シニッカが講義してくれた。シニッカの家は代々外交官を輩出してんだと。叔父もセルディオ国に潜入してたらしいぜ」
「潜入って」
「全身に赤色を身に纏って、しかも事前に肌を焼いて行ったんだと。すげぇよな」
「本当に潜入だった」
勇気あるなぁ。僕なら怖くて行けないや。たった一人でスパイ活動だよ。こわっ。
あと、可愛いもの探しができそうにない。
「あ、そうだ。来週に入ったら動員いつ掛けられるか分からないから、今日はこの後にお店巡りするんだ~」
「おう、また可愛い店か」
「うん。ヴァロも一緒に行こうよ」
お姉さん方がいれば誘ったんだけど、女性傭兵って引っ張りだこなんだよね。あとまあ、彼女たちは僕ほど「可愛い」が好きじゃない。僕を可愛がってくれる割には渋い趣味の人が多いんだ。シニッカ姉さんは武器マニアだし、ミルヴァ姉さんは休みになると騎獣や騎鳥を借りて訓練してる。
「あー、そうだな。ヴィルミ、俺はもう留守番しなくていいか?」
「そうですね。交代要員がそろそろ来るでしょうし、構いません。明日も休みですからね」
「分かってるって。休みも仕事の内、だろ。アドもいないしな。練習で王都を出ないから安心しろ」
ヴァロは休みの日もアドと訓練していることがバレてヴィルミさんに怒られたんだよね。
ていうか、アドがいない?
僕が首を傾げると理由を教えてくれた。
「俺が騎乗するようになったろ? 人を乗せる騎鳥は年に数回、教習所でチェックを受けるんだ。ちゃんと飛べるのか、問題はないかってな。リリも一緒だぜ」
「もしかして、エスコの用事って」
「おう。リリとアドを教習所に連れてった。あいつ、しばらく臨時の講師を頼まれてな。せっかくだから騎鳥の健康診断もやろうってんで連れていってくれたんだ」
エスコは傭兵ギルドでの仕事内容と騎乗方法について語るらしい。イタリア男のチャラっとした感じで説明するんだろうか。想像したら面白くて、僕は笑った。
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