088 先輩兼友人ヴァロとの楽しい時間




 商人街にある雑貨屋「妖精の小道」でレニタさんと語り合ったり、喫茶「鈴蘭の燈」でお茶したりと楽しんだ僕はツヤツヤになった。大満足。夏服も買っちゃった。

 反対にヴァロはヘロヘロになってた。服屋さんのあたりで無言になってたもんね。あれは店員さんの押せ押せがダメだったのかも。ヴァロときたら必死で怯えを隠してる。もう二度目なんだから慣れたらいいのにね。

 可哀想なので、夜はヴァロの通い慣れた居酒屋で夕食にした。

 アドがいないせいで寂しそうだったしね。


「そういや、お前の場合はどうなるんだ。チロロの健康診断は騎士団でやってくれるのか?」

「たぶん?」

「なんだよ、その曖昧な返事はよぉ」

「教わってないもん。騎士団の所属じゃない持ち込みの騎獣でもやってくれるのかな?」

「ちゃんと聞いておけよ。それでなくても教習所を出てないんだ。同僚に足を引っ張られるぞ。嫌な奴もいるんだろ?」

「同僚のほとんどは良い奴だよ。面倒くさいのは数人いるけど、ほら、僕は偉い人を使うのが上手いから」

「あー、それな」


 ヴァロは、僕が父さんの名を使って輸送ギルドに仕返しした件を知っている。

 更に、マヌおじさんという強力な助っ人のおかげで天族のあいつが捕まった件も知っていた。なので、情報を追加しておいた。

 傭兵ギルドって騎士団と張り合う割にはなんだかんだで情報共有してるよね。飲み会でもあるのかな。

 そうそう、実はこの居酒屋にも顔見知りの警備隊員が私服で座ってる。

 こういうところで話が広がっていくんだろうなー。

 守秘義務のある内容ならともかく、それ以外は割とゆるゆるだ。おかげで犯罪者も思ったより簡単に捕まる。


「そうだ、マリーとは挨拶できるようになった?」

「ぐほっ」


 噎せてしまって咳が止まらなくなったヴァロの背中を撫でる。そんな焦るほどのこと?

 僕が呆れていると、ヴァロは水を飲んでようやく落ち着いた。その後、恨めしそうな目で僕を見る。


「……花の水替え時期についてアドバイスはもらった」

「おおー」

「夕方『たまたま』前を通った時に帰りの挨拶もしてる」

「おっおー!」


 やるじゃん。

 僕はヴァロの背を叩いた。何故か反対隣に座っていた常連客もヴァロを叩く。楽しい酔い方だ。ヴァロの背中はダメージを受けてるけど。


「いってぇな。おい、やめろ。あと、カナリアはからかうな」

「からかってないよ。良かったな~と思って」

「そうかよ」


 厳つい顔の男が拗ね顔しても可愛くはない。僕は友人だし、優しいので指摘せずに黙っておいてあげよう。

 ただ、もじもじし始めた。これは注意してもいいんじゃない?

 なんて思っていたら、内緒話か身を屈めて近寄ってきた。


「あのな、次はどうすればいいと思う?」


 赤い顔で聞く。両手はもじもじ。

 あー。こういうのが好きな女性もいるよね。マリーがそうだといいな。

 ともあれ、積極的に行動しようと考え始めたヴァロを見て感慨深い。


「そうだねぇ。たとえば、マリーの帰宅時間にかち合ったら『遅いから気を付けるように』と声を掛けてみるのはどうかな。その時に地域の安全情報を教えてあげるんだ。『最近、この通りでひったくりがあったから』というような情報だね」

「なるほど、それは確かに伝えておきたいな」

「他の店員さんや店主さんのいる時に声を掛けるのもアリだと思うよ。もし周辺の治安情報で気になる点があるなら説明しておくと安心するもの。これ、他の店にも言えるけどね。とにかく『マリーだけ』じゃなくて、他の人にも話しておくんだ」

「そ、そうか」

「でね、マリーには他の人よりも少し多めに声を掛ける。ガツガツするのはダメだよ。さりげなくね」

「お、おう」


 マリーが「もしかして自分は特別扱いされてるいるのでは」と気付くか気付かない程度がいい。


「自然にね」

「分かった」

「特別に思うのは構わないんだ。それが行き過ぎると怯えちゃう。相手が好意を抱いてないなら尚のことね。皆に対して紳士であるという態度が大事」

「紳士か」

「自然な日常会話ができるようになっても、がっつくのはダメだよ。距離の詰め方は紳士で」

「分かった」

「誰かと比べるのもダメだからね」

「うん?」

「他の店員よりマリーが可愛いとか綺麗だとか、他の人を貶す形で褒めるのは良くない」

「そ、そうなのか」


 これ、母さん情報。ギリムが「ローラの羽は綺麗だが、他の女の羽はボサボサしてる」と、皆の前で言ったらしい。

 ギリムが女性のヘイトを集めるのは勝手だけど、母さんの名前を出したことで矛先が分散された。

 里長の息子って立場は案外と人気で、その妻の座を狙う女性もいたんだって。

 大体、褒めるなら内面についてでしょとプンスカしていた。ただし飛行の美しさについてはアリ。羽を褒めるのとどう違うのかが分からないけど、天族ゆえの感覚かもね。

 ちなみに父さんは「綺麗な飛び方をする!」と母さんを褒め称えた。見た目の美しさについても滔々と説明したらしいけど。

 もちろん豪快な性格も気に入ったそうだよ。子供だった僕に惚気てた。

 僕の話を聞いたヴァロは苦悩の表情になった。


「難しい」

「うーん。ヴァロだって誰かと比較されるの嫌じゃない? 内面を見てほしいよね」

「まあ、俺は見た目がこんなだからな。だからって性格が良いわけでもないが。……やっぱり高望みじゃないか」


 自分で言って落ち込み始めた。


「ヴァロはいい奴だよ」

「……そうか?」

「僕、人生経験少ないし偉そうなこと言えるほどの何かでもない。でもね、騎鳥に対する扱いは見ていたら分かる。騎鳥への愛情深さも。ヴァロがどれだけアドを大事にしているか、僕は知っている」

「お、おう」

「仕事も教えてくれたじゃん。世の中、そんな当たり前のことができない奴もいるんだ。騎士だっていうのに、人の足を引っ張ろうとする奴とかさぁ」

「あぁ?」

「盗まれた騎鳥にまずは何か食べさせてあげたいと思って飼い主に連絡取ったら、心配するでもなく『品評会に出すため食事制限をしている』って返す奴もいるんだ」

「待て、じゃあ、その騎鳥は何も食べずに返されたのか?」

「まさか。うちの先輩が交渉して『体に良い、高価な食事を摂らせるから』で了承してもらったよ」

「そうか」


 ホッとした様子のヴァロに、僕は笑った。


「ほらね。ヴァロは性格が良い。そういうところを知ってもらおう。無理にはダメだよ。自然と知ってもらうには時間がかかる。人との付き合いってそんなものだよね」

「まあな。ていうか、カナリア。お前やっぱり年齢を誤魔化してないか」

「僕らの種族は童顔だからなー」

「そうじゃなくて、十五歳には思えないって話なんだけどよ」


 ヴァロにも僕が天族の血を引いてて、しかも追い出されたってことまでしっかり話してある。騎士団の皆に詳細がバレたんだ。他から聞かされるより、正しい情報を聞きたいよね。

 なんたって可愛がってる後輩のことだ。


「種族と言えば、そのクソ野郎は騎士団でまだ拘束してんのか?」

「明日か明後日にでも釈放されるよ。といっても自由にはさせない」

「どういうことだ」

「勝手な真似されたら困るからさ。里の近くの町まで連行するんだって」

「マジか。騎士団の手が取られるな」

「そうなんだよねぇ。王都の警戒も必要だし、もしかしたら軍から出すかも」

「マヌおじさんってのには頼めないのか?」

「退役してるもの。さすがに急ぎの案件じゃないでしょ。部外者には頼めないと思うよ」

「あー、そうか」

「そうだ。今度、マヌおじさんと一緒に森へ行く? 飛び方を教えてもらえるよ」

「!!!!」


 ヴァロは目に見えて喜んだ。マヌおじさんは伝説の騎鳥乗りだもんね。現役を引退したとはいえ、騎乗を始めたばかりのヴァロにとっては雲の上の存在だ。

 その後は騎鳥乗りについての話題が続いた。


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