012 魔道具の話とシルニオ班長
ハーブ茶って好き嫌いが分かれる飲み物だと思う。酸っぱかったり苦かったりして飲みづらいと感じる人や、草っぽい匂いが嫌だって言う人もいる。
だけど、それはブレンダーが悪いんじゃないかな。初心者にエグいのを飲ませちゃダメだよ。なんて前世を思い出しながら考える。実は僕も、前世ではハーブ茶が苦手だった。
好きになったのは母さんが子供用にと美味しくブレンドしてくれたからだ。
「……これは」
「ねっ、サヴェラ副班長、美味しいでしょ!」
「ええ。とてもスッキリします。後味も良く、ほんのり甘味を感じますがくどくもありません。とても爽やかです。複数のハーブをブレンドしているようですが、一つ、いえ二つほど分からないですね」
「すごい、このブレンドで分からないのが一つ二つなんだ」
僕は最初、全然分からなかったのに。この人よっぽどお茶が好きなんだな。ちょっとインテリっぽい見た目と喋り方だし、こういう人はこだわりが強そう。
「残りのハーブもかなり良質なものでしょう? このように高価なお茶をいただけるとは思いませんでした。ありがとうございます」
「ひぇ、そんなに高価なんですか。ヤバい。俺、いっぱい飲んだよな」
「いいよ。薬代わりでもあったから」
「えっ、そうなの?」
「疲労回復に効くんだ。頭もスッキリするしね。ほら、町まで行くには体力だけじゃなくて気力も必要でしょ」
「へぇ、なるほどな~」
と、僕たちはのんびり語り合っていたのだけれど。
少し離れた場所でシルニオ班長とフルメ班長がやり合っていた。
フルメ班の一人がこっちを指差して怒鳴っているのは、たぶん「お前ら何をしているんだ!」的なことだろう。
声が聞こえないのは誰かが遮断しているからだ。風が不自然に途切れている箇所があるので結界魔法かな。魔法杖は見えず詠唱も聞こえなかったので魔道具かもしれない。
父さんが教えてくれたことだけど、この世界のほとんどの人は魔法が使えないそうだ。魔力はあっても、それを魔法として形にする術を学べない。学んだところで覚えるまでには時間がかかる。
そもそも魔力もそこまで多くない。生活魔法を使えたら万々歳なんだって。
学べるだけの時間やお金を掛けられるのはそれなりの家庭で、結局は貴族が独占しているようなもの。
一般人から魔力の高い子が生まれると養子に引き取る貴族もいるっていうからね。
何より魔力の高さは血筋によるというから、そうやって貴族たちが取り込んできたんだろう。
いざって時の魔法は有り難いけど、平民はそこまで「ない」ことに怯えていない。なくたって生きていけるからだ。
魔法にこだわるのは更なる力が欲しい人だけ。権力者が力を持ちたがるのはどこの世界でも同じ、ってことだと思う。
平民は魔法が使えなくても問題ない。何故なら魔道具がある。
魔道具は便利家電のようなものだ。僕も父さんの作ってくれた便利魔道具に大変お世話になってます。
まあ、そこまで高性能じゃなくても一般に出回っている魔道具は普通に便利。専用の燃料があるだけで使えるんだもんね。
とはいえ、だよ。結界の魔道具って高いんじゃないかな。さすがは騎士団だ。
「どうかしましたか」
「あ、結界の魔道具を使っているのかなと思って」
「ほほう。よく気付きましたね」
「だって声が聞こえないし」
「おや? 普通はこれだけ距離が開いていれば聞こえないものですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ」
「でも、あそこ、不自然に遮断されてますよ。何かで区切ってますよね? だから聞こえないんじゃないのかな」
サヴェラ副班長の目がきらんと光った気がした。
ニコが変な顔になる。苦笑い、かな。
「サヴェラ副班長、ダメですよ。カナリアは一般人なんですからね」
「ああ、そうでした。しかし、騎鳥にも乗れて頭も良いとは、いやはや……」
「だから、その目が怖いんですってば~」
「おかしいですね。女性陣には『その冷たい視線が素敵』と言われるのですが」
「カナリアは普通の女の子なんですよ」
僕が「えっ」と口を挟んだのにニコは気付いていない。サヴェラ副班長がチラッと視線を寄越して、何故か妖しい笑顔で見つめてくる。
何か含みがあるんだろうけど全く分からない。
思わず黙っていたら、サヴェラ副班長が諦めたような顔で笑った。
「カナリアさんは『普通』でしょうかね?」
「え、ひど!」
「そうですよ、サヴェラ副班長。ていうか、らしくないですね? どうしたんすか」
「君は役職が上の人間に対してでも君らしくありますね」
「うっ」
「フルメ班で随分としごかれているようなのに、変に歪まないのも君らしいです」
「それ、褒めてませんよね?」
「ニコは根っこが強いんじゃない? 芯があるから自分らしさを貫けるというか。まあ、鈍感なのかもしれないけど」
「おや、良いことを仰いますね。ふむ」
腕を組んで思案してる風だけど、そろそろシルニオ班長とフルメ班長の言い争いに決着が付きそうで、チラッとそっちに視線を向けてる。サヴェラ副班長も大変だなー。
あ、フルメ班長が「ふんっ」という鼻息がこっちまで聞こえてきそうな表情で踵を返した。ずんずん歩きながら周りの人に怒鳴り散らしているっぽい。慌てた班の人たちが騎獣を「乗れるように」用意している。
で、そのままフルメ班の一行は来た道を帰っていった。
ニコを置いて。
ビックリだよ。
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