009 騎鳥の怪我の具合と騎士の話




 とはいえ、まずは騎鳥が動けるかどうかだ。


「その子、怪我をしているのなら先に診たいんだけど」

「薬を持っているのか? 助かるよ」

「ところで『悪人に追われていた人』で合ってる?」

「合ってる。ていうか、ごめん。名乗ってなかったな。俺はニコ・ユリアンティラ、騎士団第八隊に所属している。ニコって呼んでくれ」

「僕はカナリア、こっちがチロロだよ」


 答えながら騎鳥の様子を診る。無理に縄を掛けられたのか、首周りの羽が抜け落ちていた。足指も泥に塗れて傷があるようだった。必死に抵抗したんだろうな。可哀想に。


 早速、泥だらけの騎鳥に【清浄】魔法を掛ける。


「もう大丈夫だから。怪我もすぐに治す、よ……?」


 綺麗になった騎鳥をよく見れば、血が止まっている。

 傷跡はあるけれど薄膜が張られた状態だ。つまり、止血されたばかりというか、治りかけという状況。

 首も足指もだ。いくら騎鳥が「魔法も使える獣」とはいえ、こんなに早く治るわけがない。


「どうかしたか? 傷跡が深すぎて治療できないのか?」


 覗きに来た騎士に、羽を掻き分けて痕を見せてみる。彼も目を丸くした。


「君が止血を?」

「ううん。体を綺麗にしただけ」

「……特殊個体がいるとは聞いてなかった。なぁ、お前、自分で治したのか? 分からないか」


 と、騎鳥に向かって話し掛ける。まるで自分の騎鳥じゃないと言っているようだ。

 僕の不審な視線を受け、騎士は「ああ、ごめん」と事情を説明してくれた。


「最近、王都に納品予定の騎鳥が立て続けに盗まれるという事件があってな。その捜査で近隣の町を見張っていたら、妙な動きをする一団を見付けたんだ。応援を待とうと思ったけど、こいつらが騎鳥牧場に入り込んだからさ。待ってられなくて、後を追ってきた」


 この人、騎鳥が傷付けられるのを恐れたんだ。良い奴かもしれない。なんて考えていたら、彼も腕を組んで考え込む仕草だ。


「どうかした?」

「いや、数日前の聞き込みでは、特殊個体がいるって話はなかったんだ。特殊個体は売値が跳ね上がる。牧場主なら絶対に『第一優先で守ってくれ』と言うはずだ」

「もしかして、命の危機に瀕して魔法が突然使えるようになったとか?」

「かもな。あ、そうだ。表面しか治ってないなら痛みはあるよな。お前、我慢できるか?」

「きゅぃ、きゅぅ」

「あ、ちゃんと治療する。包帯もあるから。任せて」


 ニコはまた「助かる」とお礼を言った。



 そこで気付いた。慌てて収納からバスタオルと雨合羽を取り出し、ニコに渡す。その後で騎鳥の治療を急いで済ませた。

 男たちは拘束したまま適当に放り出している。雨に濡れて風邪を引こうがどうでもいい。

 それより、自分たちの方が大事だ。


「雨がひどくなってきたからテントを張るね。こんな状態じゃ、怪我を負った騎鳥を連れて町まで進めないし。ニコさんも疲れたんじゃない?」

「有り難い。それにしても、君の収納庫は容量が大きいんだな。良い鞄だ」

「父が独り立ちの際に奮発してくれたんだ」


 ということにしておこう。腕輪型収納庫は規格外過ぎるし、売り物でもない。だから一般に出回っている鞄型収納庫をダミーとして使っている。

 ちなみに、これまで鞄型収納庫の容量が六畳一間程度だったのを一軒家レベルにまで引き上げて売り出したのは父さんが最初だ。かなり儲かったらしい。もっと大きなサイズの収納庫もお偉いさんに頼まれてオーダーメイドで作ったとか。本人が「ウハウハだ」と自慢げに語っていた。


「奮発って、すごいな。収納庫はまだまだ高価だぞ。て、待てよ、カナリアは成人しているのか?」

「そうだよ。この間、十五歳になったばかり。父も十五歳で家を出たって言うから、じゃあ僕もってゴリ押ししたんだ」

「はは。そりゃ、お父さんも失敗したな。だから収納庫か。それだけ心配してるってことだよ。君みたいな小さな子がこんな森の中を進むのは危険だもん。俺だって心配だよ」

「そのおかげでニコさんを見付けられたんだよ?」

「うっ、そうだったな」


 話をしているうちに段々と打ち解けてきた。ニコさんなんて呼ばれたくないと言うし、途中からは呼び捨てだ。敬語もどのみち使ってなかったけど、タメ口OKになった。



 ニコは、自分の騎鳥でもないのに怪我をした子をテントの中に入れ、熱心に看病を続けた。

 騎士は騎獣鳥の世話を自分ではやらず、従者に任せると聞いている。だとしたら、ニコは騎士の中では異端なんじゃないだろうか。

 騎士というのは爵位だ。当然だけど平民より地位は高い。傍若無人に振る舞ってもいいと考える人だっているだろう。だから最初は身構えていた。

 でもニコは違う。人が好いんだ。

 なら、尚更、助けてあげたいって思うよね。


「簡単な料理で良ければあるけど、食べられる?」

「もちろん!」

「きゅぃ!」

「ちゅん~」

「チロロもお返事したんだ? ふふ~、ちゃんとあるからね」


 ニコと騎獣はがっついた。釣られてチロロも掻き込む。


「あっつ、でも美味い、最高!」

「きゅ、きゅっ」

「ちゅん!」

「分かったから、落ち着いて食べなよ」


 冷たい雨で体力を削られていたニコは熱々のスープに喜び、肉に齧り付いた。

 騎鳥も怪我をしたばかりとは思えない食欲だ。ガツガツと肉を食べている。

 チロロも釣られて興奮状態だけど、食べるのは野菜がほとんど。一人っ子で育った感じの、ゆったりしたところがある。がっつき具合が違うよね。

 ちなみに僕も一人っ子だから基本的にのんびり屋。マイペースだしね!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る