008 ならず者を倒すと同時に感じた気配
ならず者たちは全部で七人もいた。それぞれ騎獣に乗っている。ホルンヴォルフという名の、角がある狼っぽい形の騎獣だ。協調性がないからルックスより人気がない。個人で飼うのに向いているそうだ。
今も統率が取れているとは言い難い。真面目に立っていないというか、興味の矛先が別々に向いてるっていうか。
そんなデメリットはありつつも、やっぱり七人と一人じゃ圧倒的な差がある。
若い騎士は泥だらけで服にも破れがあった。まだ上手く飛べそうにない騎鳥を守って逃げ続けたんだろうな。
その騎鳥も泥塗れだった。ひょっとしたらどこか怪我をしているのかもしれない。うずくまって動けないでいた。
「ダメだ、君、危ないから――」
若い騎士が叫ぶ。でも、そういうのいいから。
もちろん慢心はしてないよ。だからといって臆病でも慎重でもない。両親を相手に何度も訓練してきたし、いざという時の切り札だってある。
何よりも。
「僕は理不尽な目に遭うのも見るのも嫌なんだ!」
男たちはニヤニヤ笑ったまま。数人が騎獣から降りて近付いてこようとする。まずはそこから狙う。駆け寄って一人目を指示棒で横薙ぎにして倒す。
一瞬のことだったから残りの奴等は何が起こったのか分からなかったみたい。その間に二人目を蹴って転ばせ、もう一人の膝を指示棒で叩いた。これで二人分の足がやられたことになる。
ここにきてようやくリーダーらしき男が声を上げた。
「止まれ! その女に近付くんじゃねぇ! 【魔法攻撃の防御】」
僕の攻撃が魔法によるものだと勘違いしたらしい。リーダーは魔法攻撃に対する防御魔法を発動した。立派な杖を持っているけれど詠唱は遅い。ていうか、そもそも見当違いなんだよ。
僕は転んだままの男の足首を狙って踏みつけた。鉄板入りの靴でね。
「ぎゃーっ!」
打ち付け方や力の加減でどうなるかは分かっている。僕の体重じゃ折るのは厳しいかもしれないけれど、ヒビは入ったんじゃないかな。
これで三人アウト。
残りは四人だ。
リーダーが慌てる。でも、逃さない。
「【混乱】」
騎獣たちが暴れ出した。リーダーが鞭を打つけれど止まらない。二本立ちになった。その不安定さに耐えられず、男たちが転げ落ちる。そこを狙った。
「これ、魔法じゃないんだよ」
人間の体には弱点がたくさんある。一点集中、したたかに打ち付けると大男でも一瞬動けなくなるほどだ。
その一瞬で止めを刺せば、小柄だろうと女であろうと倒せる。母さんにみっちり教わったから間違いない。
「最後に【拘束】と【沈黙】で、終わりっと」
全員を捕らえた。
そう思った時だった。
不意に大きな気配を感じて空を見上げた。
「え?」
「どうしたんだ、君、大丈夫か」
「黙って」
何かがいる。
ぶるっと体が震えた。
ハッとする。チロロは? 空にはチロロが待機している。どうしてこの大きな気配に気付かなかったんだろう。チロロを呼ばなきゃ。あの子に何かあったらどうしよう。
声だ、声を出さなきゃ。
「チ、チロロ、大丈夫っ? どこにいるの!」
返事が届くまでの間がとても長く感じられた。
でもすぐだったのかもしれない。
「ちゅん!」
チロロは返事をしたあと、すいっと木々の間を縫うように飛んできてくれた。
「よ、良かった。チロロ、無事だったんだね」
「ちゅん?」
「さっき、変な気配を感じたんだよ。チロロは気付かなかった? 森の上に何かが通った気がするんだけど……」
今はもう感じない。
僕は体が震えるのを止めたくてチロロに抱き着いた。表面は濡れているけれど、内側はもふっとしている。チロロの温かさと匂いにホッとした。
「あれは何だったんだろう?」
「ちゅん」
「生き物だったのかな。よく分かんないや」
「ちゅんちゅん」
「うん、落ち着いた。ありがとう、チロロ」
そう言えば、こんな呑気にしている場合じゃなかった。
慌てて振り返ると、拘束していた男たちが全員白目を剥いてる。
「えっ、なんで? そんなに強く拘束してないよ」
僕は自然と男たちの向こう側にいる若い騎士に視線を向けた。彼は自分じゃないとばかりに首を横に振った。
「君がやったんじゃないのか? ああ、いや、違うか。君が上を向いて、俺もそっちに視線を向けたら変な空気が流れてきたんだ。風かな。それで地面を見たらこうなってた」
「さっき、ものすごく大きな気配を一瞬だけ感じたんだ。もしかしたら、それかもしれない」
「それって……」
「分からない」
「精霊、かな」
あ、そうか。こういう訳の分からない時に人は「精霊の力」が働いたと思うのだ。
前世で言うところの「神様」だ。不可思議な現象をまるっと何かのせいにしてしまえる便利な名前。
それなら尚更、この場に留まるのは良くない気がした。
仮に精霊が本当にいたとして、彼等の力がこちらにまで作用したら困る。今回はたまたま悪者の意識を刈り取った。だけど、もしも神様のような偉大な存在が相手だったとしたら、彼等に
次も僕たちだけが助かるとは限らないのだから。
「とにかく、この場を急いで離れないと」
「あ、ああ」
森は危険だ。魔物が多く生息している。
今は雨が降っていて匂いが消えているものの、騒ぎは伝わっているだろうから。
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