小鳥ライダーは都会で暮らしたい

小鳥屋エム

第一章 可愛いを求めて

001 幸先の悪い旅立ちの初日




 僕は基本的には善人だ。

 たとえば目的地に向かって歩いている時、不意に「助けてくれ」と悲愴な声が聞こえてきたらどうする? 立ち止まって周りを確認、何もなければ「裏道の方かな」って覗くと思う。

 で、そこに悪人がいたら、自分にできる手助けはするだろうな。それぐらいの道徳性はある。


 だけど、その時は覗いてから動きが止まった。

 一瞬だけ迷ったんだよね。

 幼い頃に「お前は天族の面汚しだ」と言われた記憶が蘇ったから。

 でもさすがに、人攫いに遭いかけている半分同族・・・・の人を見捨てるわけにはいかない。

 あちらは、僕を同族とは思っていないだろうけど。


「人攫いは重罪だよ」


 仕方なく声を掛けてみた。

 たった一人を取り囲む男たちが怪訝そうに振り返った。


「ああん?」

「おっ、こっちの方が上玉じゃねぇか」

「艶々してるな。それに若い女だ」

「だが、天族の方が金はいいぜ」

「ひぃっ、た、助けてくれ!」

「この貧弱な男より女の方が絶対にいいけどな~。あ、そうだ、どっちも攫おうぜ」


 いや、女じゃないんだけど。

 って言っても、そもそも誰も話を聞いてないんだよな。

 犯罪者からすれば僕なんて赤子同然なんだろう。成人したばっかりの若造は見た目からして弱々しい。

 その前に、犯罪者って人の話を聞かなそう。

 被害者らしき男性はパニックを起こしてて、助けようとしている人間が誰かを見ようともしない。

 僕の方は彼に見覚えがあるんだけど、もう十年も前のことだから忘れているのかも。

 まあ大抵の加害者は自分のやったことを忘れるって言うもんね。

 そんな程度なんだよ。


 僕は溜息を吐き、腰に手をやった。

 やっぱり辺境にある町はいろいろ手薄だ。大通りに近い場所でこれだけ騒いでいるのに衛兵が来ないんだよ。最初の町に着いたからって浮かれていたけど、さっさと次の町に行こう。

 その前に人助けだなー。


「犯罪者に『攫おう』って言われて素直に捕まると思う?」

「威勢のいいお嬢ちゃんだぜ。おい、捕まえろ!」

「へい、兄貴」


 それを待つ人間がどれだけいるんだよ。そこまでバカじゃないぞ。

 僕は犯罪者たちを無視し、頭上に向かって声を掛けた。


「チロロ、荷物を振り落として」

「ちゅん!」


 上空から様子を見ていた相棒が掴んでいた魔物を落とした。この町に入る直前に狩った「新鮮な魔物」だ。僕が先に町へ入って手続きを済ませてから運び込む予定だった。


 チロロは騎鳥と呼ばれる大型の鳥だ。人を乗せられるから騎鳥と呼ぶ。

 見た目は丸い白雀みたいで可愛いしか感想が出てこないけれど、これで力はある。魔物を数匹掴んで飛べるぐらいにね。そう、許可をもらったから魔物を町の中に運び込んでいたんだ。

 その誘導中に、運悪く人攫いの現場に遭遇したというわけ。


「うぎゃぁっ!」

「ぐあっ」

「ぎゃーっ」


 適当に縄で縛っただけのオオトカゲが五匹。体液の処理もしていないから、そこそこ汚い。それ以前に魔物は重いし、慣れない人にとっては気持ち悪かろう。

 犯罪者なら魔物程度に怯えるか不安だったけど、此奴らは町の中でしか悪さができないタイプだったみたい。ギャーギャー騒いで逃げようとする。

 奴等にとっては残念なことに、チロロは賢い騎鳥だったから「退路を塞ぐ」形で荷物を落とした。逃げられなくて焦りがすごい。


「騎鳥がいるなんて聞いてないぞ!」

「くそ、魔物の血がかかっちまったじゃないか。毒持ちだったらどうするんだ」

「重いっ、誰か引っ張ってくれ!」


 慌てる奴等の近くには腰を抜かしたままの天族がいる。彼はようやく気付いた。


「『面汚し』が何故ここに」

「この期に及んで、そう呼ぶか~」


 助けてあげた恩も忘れて!

 という気持ちで半眼になれば、天族の青年はハッとして目を逸らした。


「今のうちに、さっさと立ち上がったら? 仲間のところに逃げなよ。誰かと一緒に買い出しに来たんだよね」

「あ、ああ」

「待てっ! くそ、お前ら許さないぞ」

「ほらぁ、さっさと行かないから~」


 僕は自分を善人だと思っている。でもね、やられたことは忘れないタイプだ。

 自分を嫌いだと言う人のことを好きになれるほどお人好しでもない。

 ましてや、助けてくれる人に対して「面汚し」と言っちゃうような奴を相手に、優しく接する必要も感じない。

 青年は不可思議なものを見るような目で「なんて奴だ」と見上げてくるけれど、それはこっちの台詞だ。

 助けなきゃ良かったって後悔したくないので、さっさと終わらせよう。

 魔法を使う。



「【拘束】と、ついでに【沈黙】」


 僕は特製の伸縮式指示棒を魔法杖代わりに使っていた。先端が相手に向けられた途端に魔法が放たれる。

 男たちは近くの雑草から伸びた蔓によって拘束され、ついでに強力糊を付けられたかのように上唇と下唇がくっついた。

 これぐらいなら簡単だ。

 天族の青年にとっては驚きだったろうけど。

 天族って魔力は多いし、自力で空も飛べるけど、その代わりに細かい魔法の制御が苦手なんだ。神様は二物を与えなかったらしい。

 いや、二物は与えているのかな。天族って綺麗な人が多いから。そのせいで狙われるんだけどさ。


 ともあれ、成り行きで青年を助けてしまった。

 町中で攻撃魔法をぶっ放せずに初手を打ち間違えたのか、あるいはコミュ障の天族あるあるでボーッとしているうちに捕まったのか。魔力を吸い取る奴隷用首輪を付けられてしまった間抜けな半分同族を、僕はたぶん困った顔で見下ろしていたと思う。


 幸先の悪い旅立ちの初日だった。


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