002 町の人と衛兵と小さい頃の話




 全てが終わってから町の衛兵がやってきた。

 パッと見て、どちらが悪いかは分かる。当然、衛兵は拘束された男たちを連れていった。

 そこまではいい。問題は残った衛兵。僕に「事情を聞かせてくれるかな?」と優しく聞くんだけど、被害者はへたり込んでいる青年の方だ。そっちを気にして。

 僕はこの程度の男たちに捕まるようなヘマはしないぞ。

 という意味を込めて天族の青年を見下ろせば、気まずそうに項垂れた。その細い首には奴隷用首輪が嵌められている。衛兵は事情を察した。


 聴取に協力してほしいと頼まれた僕は、先に魔物を運びたいと頼んだ。幸い、詰め所までの道中に魔物の引き取り所がある。ちょろっと寄らせてもらった。衛兵たちは先に戻った。


「こりゃ、いいオオトカゲだ。一発で仕留めたか。あんた狩人かい? 若いのにすごいもんだ」

「ありがとう。狩りは母に教わったんだ~」


 だから褒められると嬉しい。

 受付の男性は「へぇ、お母さんからかい」と驚いたけれど、特に詮索もせず換金手続きをしてくれた。

 金額は相場通りだ。父さんの情報は古くなかったみたい。あと、足元を見られなかったのも嬉しい。

 悪人がそうそういるわけないんだけど、町に入っていくらも経たないうちに人攫いを見付けたからなー。

 父さんにも口酸っぱく注意された。


 山奥に家族三人で暮らしていたせいか、父さんも母さんも僕を純粋無垢だと思っている。

 ちゃんと事情・・を説明したのに、だ。

 まあ確かに世間知らずではある。この世界の一般的な生活を知らないもんね。


「あんた、金を数えるのは構わんが、さっさと財布に仕舞いな。外から見ている奴がいる。狙われるぞ」

「ありがとう、おじさん」

「いいってことよ。まあ、騎鳥もいるんだ、掏摸スリには遭わんだろうが。何より身のこなしがしっかりしてら」


 またも褒められ、僕は「へへ」と笑って引き取り所を出た。


 魔物の死骸はここで解体され、それぞれ必要な店が買い取る。小さな町ならではのスムーズさだ。

 大きな町だとギルドが間に入って少々面倒になるらしい。当然、価格も上乗せされる。仲買が入るのだから仕方ない。その分、流通や売買取引に関するトラブルを解決してくれるのだから有り難い話でもある。

 ギルドは各職業ごとで作られた組合のことで、こんな辺境の町には窓口なんてない。代官や役人が会員登録の手続きを代行してくれるはずだ。




 詰め所に着くと早速聴取が始まった。天族の青年の姿はない。治療を受けているのかもね。

 僕は担当者に「これも規則だから」と申し訳なそうに言われ、聞かれるままに答えた。といっても、それほど時間はかからない。事情を説明するだけだ。あとは調書を確認してサインすればいいだけ。

 ただ、最後にこう確認された。


「うちの町は予算がなくて協力費が出ないんだ。せっかく調書に付き合ってもらったのに悪いね。だけど、被害者に手当は請求できる。言いづらいなら俺の方で交渉するけど、どうする? 特に君は人攫いから彼を助けたんだ、堂々ともらっていいからね?」

「え、そんなの可哀想だよ。襲われ損じゃないか」

「そうでもない。加害者が捕まっているからね。奴等の財産を差し押さえできるんだ。財産がなくても奴隷として売れる。人攫いってのは重犯罪だから奴隷落ちは確定だけどな」

「だとしても要らない」


 もう関わりたくないし。

 天族に睨まれようと恨まれようと今となってはどうでもいい。ただただ、彼等に時間を取られたくなかった。


「欲がないな。じゃ、調書の作成は終わりだ。今日の宿は決まっているのか?」

「取ってないよ。買い出しを済ませたら町を出るつもり」

「えっ、今から外に?」

「野宿には慣れているしね」

「いやでも」


 夜に町を出るのは危ないだろうと、心配顔で引き留めてくれる。気持ちは有り難いんだけど、せっかく「第一村人ならぬ第一町人を発見~」って楽しんでたところに人攫い事件に巻き込まれたんだ。気分はだだ下がり。

 どうせなら最初からやり直したい。あ、次の町でだよ。


 衛兵たちは顔を見合わせ「くれぐれも気を付けるんだぞ」と注意し、解放してくれた。

 買い出しにお勧めの店もこっそり教えてくれる。これぐらいしかできなくてごめんね、だって。そんなことないよ。ちゃんと優しい人もいるって分かったから、それだけで気持ちが浮上できた。

 幸先が悪かったのと天族に関わるのが嫌だから町を出るって言ったけど、ちょっぴり早まったかも。

 思った矢先に、駆け付けてきた天族の姿を見て「やっぱ、ないな」と考えを翻した。

 見覚えのある天族だったんだ。揉め事の予感しかない。

 僕は見付からないようコソコソと外に出て、預けていたチロロを急いで連れ出た。




 実は僕たち一家が天族の里を出たのは、さっき見た天族の男が原因だ。

 里長の息子という立場を存分に使う奴だった。

 そして、小さかった僕を掴まえて皆の前で服を脱がせたんだ。背中を見て「ほら、やっぱり」と嬉しそうに笑った彼の顔を今でも覚えてる。

 僕は五歳だったけれど、自我が芽生えた頃で恥じらいがあった。何より、好き勝手に振る舞う態度に怒りを覚えた。

 奴ときたら「こんな小さな羽、天族とは呼べないだろ!」と皆に晒したんだ。後にも先にもあんなに腹が立ったことはない。

 冷静に考える自分もいた。これヤバいぞ、と。

 はたして、里の用事で出掛けていた両親が早めに帰ってきて事の次第を知り、怒髪天を衝いた。


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