003 天族の資格、旅立ちの日のこと




 事件のあった前日は僕の五歳の誕生日だった。

 そのお祝いの最中、幼馴染みの女の子が僕の着ていた服を破いちゃったんだよね。母さんが僕のために作ってくれた服だ。好み通りの可愛さだった。女の子はそれに嫉妬した。

 母さんは困った顔で女の子を諫め、僕にも我慢しようねって言った。

 それで収まってれば良かったんだけど、女の子はチラッと見えた僕の背中の羽に疑問を覚えた。たぶん、元々おかしいと思っていたんだろうな。

 天族の子は十五歳まで背中を隠す風習があったけど、子供って遊んでいるうちに服が捲れたりするからルールが守れない。それなのに僕ときたら絶対に背中を見せなかった。彼女は頑なに言い付けを守る僕が前々から気に入らなかったらしい。

 女の子は自分の兄に告げ口した。兄とは里長の息子だ。

 奴は父さんが嫌いだった。だから、ちょうど家に誰もいない時を狙って乗り込み、凶行に及んだというわけ。


 空を飛べない者は「天族ではない」。彼等にとっては天族かそうでないかだ。

 飛べないからダメという意味じゃない。「天族の血を引いているのに飛べない」のがダメなんだ。

 僕は「天族の面汚し」と罵られた。

 小さな羽しか持たないのなら飛べないだろう、自力で空を飛べない者は里から出ていけ、とまで言われたんだよな。


 結局、早めに戻ってきた両親が庇ってくれて事なきを得た。ひょっとしたら私刑に遭うのではと恐慌状態に陥る寸前で、心底ホッとしたのを覚えてる。

 父さんが「こんなところ、追い出される前に出て行ってやる」と宣言したのにもホッとした。

 だって、誰も助けてくれなかったのだ。

 騒ぎに気付いて集まった他の天族もいたけれど、僕の背中を見るなり目を背け、忌むような視線を向けたんだ。誰一人寄り添ってくれなかった。

 前日まで仲の良い隣人だと思っていたおばさんにまで目を逸らされた。

 あれはショックだった。



 里長の息子は、本当は僕と父さんの二人だけを追い出したかったのだと思う。

 里全体としては父さんに残ってほしかったはず。何故なら、父さんは人族ながら賢者と呼ばれるような人で、その高魔力を使って自力で空を飛べた・・・・・・・・。賢者としての魔法知識に里の皆も頼っていたそうだ。だから、人族といえども「お客様」扱いだった。

 母さんはもっと強く引き留められた。空を誰よりも速く上手に飛べるからだ。英雄扱いだった。

 里長の息子は母さんを奪い返したかったのだろう。「人族と結婚するなんて」と度々文句を言っていたそうだから。

 里の皆も「せめて、あなただけは残って」と母さんに縋った。彼等は僕さえいなければそれで上手くいくと思っていたらしい。

 だけど、優しい両親がそんな選択をするか?

 あんたたちだって子供を捨てろと言われて素直にハイとは答えないよね。

 というわけで、両親はさっさと里を出た。


 二人が選んだ新天地は、天族が「恐ろしい神の山」と呼ぶような場所だった。でも何の問題もない。なにしろ規格外な二人だった。

 僕は二人の大きな愛に包まれて十五の歳まで平和に生きてきた。


 十五の誕生日を迎えた翌日に家を出たのは自立のためだ。

 ちゃんと盛大な見送りを受けて出てきている。でないと過保護な二人がそのチートな能力で僕を見付けて連れ戻しただろう。

 だから作戦を立てた。

 かねてより、山を下りることや自立についてどう説得すればいいか考えていた僕は、機会を窺っていた。そんなある日、酔っ払った父さんが「俺が諸国漫遊の旅に出たのは十五の成人を迎えた日だ」と話し始めたのだ。

 ピピッときたよね。それなら「僕も十五で旅に出る」と胸を張って言える。

 最初は反対していた父さんも、母さんが「久しぶりに二人だけの生活になるのね」なんて援護射撃したものだから速攻で手のひらを返した。仲が良くて何よりだよ。


 おかげで僕は自立への一歩を歩み出せた。




 誕生日の翌日――つまり昨日なんだけど――僕は十年暮らした家の前で長い見送りを受けた。


「カナリア、くれぐれも気を付けるんだぞ。無茶はするな。ローラに教わった風読みを忘れるんじゃない。風は山にだけ吹くわけじゃないからな。草原にも町にも吹く。よく読んで声を聞くんだ」

「はーい」

「本当に分かっているのか? 旅立ちの日にそんな呑気な返事を聞くとは思わなかったぞ。一体、誰に似たんだ」

「父さんだよ。ねぇ、母さん。この間も酔っ払って話してたよね」

「ええ。シドニーったら『ちょっと竜を倒しに行ってくる』とお義母様に声を掛けて、気軽に出ていったのよね?」

「そんな話をしたのか」

「したよ」

「したわね」

「だが、カナリアは小さくて可愛い。ローラに似て本当に可愛い。分かるか、それは外の世界ではとても恐ろしいことなんだ」

「はいはい。可愛いと舐められるし、変態にも狙われるんでしょ? だから父さんは護身術を教えてくれたんだよね! 魔物との戦い方も魔法の使い方も」


 とはいえ、僕は賢者と呼ばれた父さんほど魔法は上手く使えない。せいぜい「おっ、割と使えるな」程度なんだってさ。

 でも、大丈夫。


「風読みには自信があるし、それに頼もしい相棒がいるもん。ね、チロロ」

「ちゅん!」

「これから長旅になるけど、チロロなら大丈夫だもんね~?」

「ちゅん」


 大きくて丸い鳥が玄関前で待機中だ。手綱も付けられて、今にも「さあ飛ぶぞ、行くぞ」と張り切っている。

 彼はチロロという名の、珍しい白雀タイプの騎鳥だ。


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