004 空を飛べる=強者、父母との別れ
空を制する者が強者。そう言われるぐらい、この大陸の人は飛行能力を尊ぶ。
まず第一に、どの国も程度の差はあれど道路整備が進んでいない。町や都市内だけが綺麗で、町と町を繋ぐ道路というのがとても酷いのだそう。馬車はもちろんあるけれど、整備されていない道路を行くのだから頑丈にできている。つまりお尻が痛くなるアレだ。しかも時間がかかる。
それより何より、もっと大きな問題があった。
魔物がいるんだよ。ちょっとした森にも棲んでいる。魔物というのは人を襲う生き物のことだ。その多くが地を這うタイプ。
つまり、上空を移動すれば襲われる心配がない。
大抵の人は自分の体より大きな魔物と戦う力なんて持っていないからね。人間同士の喧嘩だって怖いのに、魔物なんて倒せるかって話だよ。だから逃げるしかない。その時に空を飛べたら勝ったも同然だよね。
小さな森にも魔物がいるんだ。辺境の山奥なんて魔物の巣窟すぎる。移動するにも飛行手段がないと無理。
だからこそ、自分の羽で飛べない僕を天族は疎ましく思う。
ただ、空を自在に飛べるからって天族に弱みがないわけじゃない。
空を飛ぶために進化したのだろうけど、細身すぎるのだ。華奢な体は魔物討伐においては弱点になる。倒す際に決定打も放てないしね。
それに魔力はあっても細かい魔法の使い方が苦手だ。飛行部分に全振りしたんじゃないのかと思ってしまう。
あと、希少種だから人族に狙われやすい。それもあって普段は辺境の地に引っ込んでる。
たまに要請があると傭兵として戦いに出るよ。連絡係や荷物運びとしてね。細くても一人ぐらいは運べるし。
それ以外は引きこもる生活を好む一族だ。
「カナリアは俺ほど魔力の扱いが上手くないからなぁ。魔法で飛ぶより、チロロに乗っていく方がいいだろう」
「カナリアちゃんは防御魔法が上手だからいいのよ。風も読めるわ。わたしより上手なのよ」
天族で一番「空を飛ぶのが上手い」と言われた母さんに褒められ、僕は照れまくった。
風読みが上手いのは、たぶん視えているから。
魔力もそうだけど、僕には風の流れが視える。
これが僕の、ちょっとだけ自慢できる能力だ。魔力の多い父さんと母さんの血を引いた割には魔法使いとしてのセンスがなくてパッとしないけど、目だけは良い。
それだけじゃない。
実は僕には前世の記憶があった。おかげで足りない能力をフォローできている、と思う。
両親には引っ越し後のどさくさに紛れて話してある。
元々、変だと思っていたんだ。幼い自分では思い至らないような知識が紛れているしさ。でもそこは子供だ、深く考えていなかった。
だけど生活が様変わりした。僕も頭がワーッとなってたんだろうな。「まえのときのきおくがあるの」と零した。
母さんは驚いていたけど、賢者の父さんは「へぇー、本当にあるんだなぁ!」と無邪気なものだった。よくよく聞けば、世界の本が多く集まる大図書館に「記憶持ちの人」について書かれた本があるらしい。面白いから似たような本を読み耽ったそう。それでも「異世界からの転生者」は初めて聞いたみたい。
そうなんだよ、僕は全く違う世界からの転生者だった。
日本という国で暮らしていた会社員の男性だ。
それはあくまでも夢より少し鮮明な「過去の情報」。国も世界も文化も違う世界から魔法のある世界にやってきたってだけ。以前の記憶があっても、自分の中では「今の僕に遠い昔の経験が混ざった」ってぐらい。
そのせいか、僕より父さんの方が興味津々だったし面白がっていた。「これは貴重な体験なのでは?」と気付き「カナリアの記憶が薄れないうちに」と話を聞きたがった。
結果、父の研究が捗った。たくさんの魔道具も作られた。おかげで僕も母さんも助かっている。
その魔道具が腕輪型の魔法収納庫に「入っているのか?」と、父さんがしつこい。
「入ってるって。昨日も確認してたよね? その時に僕以外が外せないよう作り直したんじゃなかったっけ。忘れたの? 見た目は若いけど、もう四十五歳だもんね、そろそろ――」
「年齢は関係ない。それに魔力が高いんだ、寿命は延びる」
「寿命と脳の老化現象に関する研究はほとんどされてないんだよね?」
「魔法の勉強はイマイチだったくせに、そこは覚えているんだな!」
「もう! あなたたち、出立の日ぐらい、じゃれ合うのは止めなさい」
「じゃれ合ってないよ」
「そうだぞ、これは父親として子供に説教をだな」
「はいはい。似たもの親子ねぇ。さあ、チロロちゃんが待ちくたびれているわ。そろそろ行きなさい」
母さんに背中を押され、僕は振り返ってまた抱き着いた。
「甘えんぼさん。わたしの可愛いカナリアちゃん、気を付けてね。たまには帰ってきて。いいわね?」
「うん。母さん、大好き」
「……父さんは?」
「父さんも好きに決まってる。ていうか、子供みたいに拗ねるの止めなよ」
分かりやすく拗ねる父さんに、僕は呆れながら抱き着いた。
「はい、これでいいよね」
「俺に対する扱いがローラと違いすぎる」
「シドニー? いい加減になさい」
あ、これはまずい。母さんは怒ると怖いのだ。
僕は父さんを突き放すと、急いでチロロに乗った。
「ちゅん」
「うん、出発しよう。母さん、父さん、じゃあね!」
「いってらっしゃい。さあ、シドニーも笑顔で見送ってあげて」
「……カナリア、元気でな。無理はするな。もし、どうしても無理だと思ったら例の魔道具を」
「分かってるってば!」
そうして、大好きな両親に見送られて山の中腹にある家を飛び出たのだった。
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