005 風に乗って出発、都会を目指す、騎鳥の認識票




 神の山は誰も辿り着けないと言われるほど急峻で、しかも風が強い。魔力も同時に渦巻いている。これが山を守っているのだと言われていた。

 僕は大丈夫。流れが視えるからね。

 チロロも一緒に暮らしていたから複雑な山の状況には慣れている。山を守るように渦巻く風の中を、あっという間に通り抜けた。


 旅立ちにピッタリの良い天気だった。

 振り返ると、雲のような靄がかかった神の山が見える。

 これが天族にはおどろおどろしく見えるらしい。彼等が恐れるのも分からないではないんだ。風は読みづらいし、魔力の渦がバラバラに発生しているから。

 魔力が高い生き物ほど、この法則性のない魔力の渦に感覚を狂わされる。たとえて言うなら「蝙蝠を超音波で惑わす」ようなものだろうか。

 でも、僕は平気。


「チロロ、あそこに良い風が続いてる。あれに乗って行こう」

「ちゅん!」


 もふもふっとした羽が大きく動いた。方向転換し、大きな流れを作る風に向かう。

 これを「風の精霊が作った波」だと言う人もいるらしい。

 僕には魔力の渦から派生した余り、生き物の使用した魔法の名残のように感じるけどね。ファンタジーっぽいので精霊案もアリだと思ってる。

 父さんに話すと「裏付けの取れない不可思議現象をすぐに神や精霊のせいにして誤魔化すのは良くない」と怒られそうなので言わない。

 いいじゃんね、ファンタジー。

 僕は前世で「可愛い」ものが好きだった。ふわふわファンタジーの世界でぽわぽわ過ごす妖精の日常スローライフ物語が愛読書なぐらい。

 そう、だからこそ旅立ちを決めたんだ。


「ふっふっふ。これでようやく、可愛いもの探しができる!」

「ちゅん?」

「都会でオシャレに生きるんだ~。可愛いものは都会に集まるもんね。あー、王都が楽しみ!」

「ちゅんちゅん」


 強い風に乗ったチロロは力を抜いた。この流れに身を任せていれば勝手に進む。力の抜き方を彼も知っていた。

 僕たちはこういうところが似ている。頑張りすぎない。普段は省エネで行く。いざって時だけ頑張るんだ。


 父さんと母さんには言えなかった。二人とも田舎暮らしのスローライフが好きだからね。スローライフのために頑張っちゃう人たちだった。

 僕はほどほどがいい。可愛いものに囲まれて、便利さに頼って時々贅沢するんだ。そして何より人の気配を感じていたい。

 だから、都会を目指す!




 ――そう、だからさ、ワクワクした気持ちで初めての文明に触れたところだったんだ。

 あ、五歳まで暮らした天族の里はノーカウント。両親共に「あんな里のことは忘れなさい」と言うものだから素直な僕は記憶を消しちゃった。どんな生活だったか、おぼろげにしか覚えてない。

 それよりもだよ。旅に出て二日目、ようやく念願の町に着いたところだったのに!

 ついてないったらない。

 僕は急いで買い出しを済ませると、門兵に「こんな時間に出るのは危ない」と引き留められるのを振り切って飛び立った。

 兵士の一人に「騎鳥に夜の飛行は無理だろう」と心配されたけど、一流の騎鳥は夜も飛べるのだ。さては知らないな。


 なんてね。彼等がチロロを一般的な騎鳥より下に見てしまうのは仕方ない。

 見た目がどうにも可愛いからだ。


 そもそも白雀型の騎鳥は珍しい。

 チロロとの付き合いは、彼が幼鳥時代に一羽でいたところを発見したのが始まりだ。たぶん、風に流されて群れからはぐれたんだと思う。神の山に迷い込み、死にかけていたのを僕が拾って育てた。

 両親は空を自在に飛べる人たちだ。だから騎鳥に乗る必要がなく、当然だけど調教の経験もない。父さんの知識だけが頼りなのに、彼の知識には偏りがある。興味のない事柄にはとことこん興味がないのだ。

 そのせいで育て方が大雑把になったのは申し訳ない。

 けれども無事に成長したし、僕を乗せて飛ぶこともできる。命令も違わず実行に移せる賢い子だ。

 幸い、この町を出る直前に第一目的でもあった騎鳥の登録を済ませた。その時も「おとなしくて賢い子だ」と褒められたのだから問題ない。

 ただ、こうも言われた。


「アウェスではないんだな。かなり小型だから荷運びも苦手だろう? 速度も出ないだろうが、君みたいな小さな子が乗るにはちょうど良さそうだ」


 褒め言葉のつもりだったのは、その表情や柔らかい口調からも分かるんだけど、ちょっとムッとしたよね。チロロも「えっ」と思ったらしい。彼は賢いので人間の言葉を結構理解しているのだ。

 僕は急いでフォローした。


鷲型アウェスではないけど、この子はオオトカゲを五匹も掴んで運べるんですよ。飛行速度も速いです」

「そうかい、そうかい。さて、名前が彫れた。この脚環が認識票だ。これがないと町の出入りに毎回お金がかかるから気を付けるんだぞ。野良騎鳥だと思われて業者に捕まる場合もあるからな。脚環の確認は怠らないように。普通は教習所でセットで教わるもんだが」


 まるで聞いてやしない係員の対応にやっぱりムッとするけれど、別に彼に理解してもらう必要はない。チロロのすごさは僕が知っていればいいんだ。


「騎獣鳥管理所で発行するのは珍しい?」

「認識票が壊れたり無くしたりした時の再発行がほとんどだからなぁ。野生を捕まえて登録する奴もいるけど、あんたみたいに調教済みのを登録にくる一般人はいないよ」



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