047 盗賊集団と捕らえられた騎鳥たち




 罠を張って待ち構えていた男は、自分を目がけて飛び込んできた僕らに驚いて足を踏み外した。まさか突っ込んでくるとは思っていなかったみたい。

 チロロは罠が仕掛けられた枝に当たらないよう、速度を抑えながら隙間を縫うように飛んだ。僕は途中で飛び降りる。

 ニーチェは僕の首に巻き付いていたから一緒だ。

 この子の能力に頼るつもり。僕はモフモフを撫でながら聞いた。


「ニーチェ、騎鳥たちがどこにいるか分かる?」

「みぃ……!」


 上空では声が聞こえなかったらしいニーチェは、一生懸命に居場所を特定しようと目を瞑った。

 僕は一旦、枝の上で立ち止まる。チロロがすいっと飛んで戻ってきた。


「みっ、み、み」

「分かった。あっちだね。チロロ、僕の動きが敵にバレないよう枝当てで飛んで!」

「ちゅんっ」


 枝当ては、わざと体に当てて音を出す技だ。魔物を呼び寄せる時に使う。大きい枝だと当たれば痛い。だから痛くない程度の細い木の枝を見極めながら飛ぶんだけど、慣れるまでチロロは満身創痍だった。最初は遊びで始めて、そのうちに母さんがノリノリで鍛えたんだよね。もちろん、僕も枝に当たって飛び降りろとスパルタ教育されたっけ。

 とにかく、慣れ親しんだ動きだ。チロロは枝と枝の間を擦り抜けたかと思うと右に左に、時折音を立てながら飛び回った。

 地上では男たちの声が飛び交う。あっちだ、こっちだと騒がしい。

 僕は枝から枝へと飛び移って移動していた。


 どれだけ身軽でも、普通は上から下にしか移動できない。当たり前だ。重力があるんだもの。いくら僕が天族で体が軽いとはいえ、重力には負ける。

 それを補うのが魔法だ。

 森の中、木々の間だろうと風は吹く。特に今日はどんどん風が強くなっていた。

 これを利用して、ほんの少し上向きになるよう魔法でちょちょいのちょいと弄れば、少しの魔力で上にも飛べる。


 時折、背中の小さな羽が動くような気がしてムズムズしちゃう。

 ものすごく調子の良い時、そう、今日みたいな良い風に乗った時にこうなるんだ。

 天族として「羽」で飛べない僕なのに、やっぱり血は引いているみたいだ。まあ今更、悔しいなんて思わない。ただ「なんでだよ」とは思う。

 お前は飛べない羽なんだから、動かなくてもいい。休んでな。

 そう言い聞かせて、僕はニーチェの指示する場所へと急いだ。



 そこは自然の洞窟で、斜め下に向かって穴がぽっかりあいていた。幾つかあるうちの一つが深そうだ。暗いから奥行きがどれだけあるのかも分からない。

 騎鳥はこの深い穴の近くに集められていた。

 見える範囲の六頭だけかと思ったら、よくよく確認すると別の階段状になった穴にも何頭かいる。ぐったりして、捕まってから時間が経っているようだった。

 それだけじゃない。盗賊たちも騎鳥に乗っている。盗まれた騎鳥なんだろう。

 奴等は僕とチロロという追っ手に気付いて臨戦態勢だ。「お前ら、気を引き締めろ!」とリーダーらしき男が怒鳴ると、汚い格好をした男たちが「おう」と答える。

 格好はバラバラだし、とにかく汚い。まるで盗賊らしい盗賊だ。

 それが不自然に感じる。僕には全員の動きが揃って見えた。姿勢もそこまで悪くない。


「……あ、騎士団と同じなんだ」


 シルニオ班の動きと似ている。姿勢なのかな。いや違う。騎士ほどシャキシャキしてない。

 そうか、兵士っぽいんだ。

 警備隊に証言しに行った時、チラッと見掛けた兵士の訓練風景を思い出した。


「もしかして兵士の経験があるのかな?」

「み?」

「でも、警備隊の人たち、あんな風に胸に手を当てなかったなぁ」


 この国の元兵士ってわけでもなさそう。

 どこかの貴族お抱え兵士が離職して盗賊になった――感じなのかなぁ。もしくはリーダーが指揮官の経験を生かして自分の王国を作っちゃったとか?

 理由はどうあれ、やってることはアウトだ。


「ニーチェ、あの子たちを助けよう。僕の言葉を通訳してくれる?」

「み!」


 僕はスーッと息を吸って吐いた。

 指示棒を手に、風の魔法を出す。まだ動かさない。スタンバイさせているのは、これから口にする言葉を別の方向から流してもらうため。


「君たちを助けにきたよ。その前に悪人をやっつけるから、協力してくれる? 鳴かずに、首を縦に振って」

「みみみ、みみみみみ!」


 強めの風がくるりと流れて奴等の背後から騎鳥に向かった。

 声が届いた瞬間に、まだ体を起こしていられたアウェスが頷く。後ろのアウェスがきょろりと頭を動かしたけれど、周りの子たちが慌てたように体を寄せて止める。賢い子たちだ。


 敵のリーダーはさすがだね。背後の騎鳥たちに何かを感じ取った。振り返って確認している。でも誰も目を合わせないし、話すわけもない。

 リーダーは首を傾げ、部下への指示出しに戻った。

 罠の設置や、王都から騎士団が来る前に「ずらかる」なんて計画を話している。ところどころ、僕には分からない暗号みたいな台詞があった。事前に決めた符丁なんだろう。

 僕はもう一度、声を送った。


「君たちの中に怪我や病気の子はいる? 動かせない子がいるなら頷いて。もしできるなら、そいつらに聞こえない程度の声で鳴いて教えてくれる? 聞き取ってみるから」


 すると、最初に反応したアウェスが頷いた。そして嘴を小さくカコカコ動かす。今度はリーダーは振り返らなかった。本当に賢い子だ。

 そのアウェスの言葉を、ニーチェはちゃんと聞き取ってくれた。


「み……」

「動けない子がいるんだね。だから皆で固まっている?」

「みみ」

「守ろうとして、あいつらに殴られたのかな」

「み!」

「うん、分かった。ニーチェ、嫌な話を通訳させてごめんね。でも助かった」

「み」

「まずは、あいつらをこの場から引き離そう」

「み!」


 今度はチロロに言葉を流す。


「チロロ、引き付けてくれる?」

「ちゅん!」


 返事は、突入後に聞こえた。

 チロロがすごい勢いで洞窟前の広場に突っ込んだのだ。やることが早い。さすがチロロだ。

 リーダーは慌てふためきながらもも怒鳴った。


「あれだ! 目立つ色をしてやがる。追え、追うんだ!」

「はっ!」


 何人かがアウェスやファルケに乗って飛び上がる。チロロを追いかけるつもりらしい。せいぜい頑張って。チロロは簡単には捕まらない。

 僕は残ったままのリーダーに視線を向けた。


「あんな騎鳥、初めて見たな」

「隊長、ありゃ、希少種じゃないですか。この間のシュヴァーンより、ずっと珍しい」

「あれも貴族向けの騎鳥だったな。手入れのされた良い鳥だったが、こっちはちょいと間抜けだ。売れないだろ?」

「ですが、真っ白いですよ。女子供にゃ、こっちの方が気に入られそうじゃありませんかね」

「ふむ。よし、生け捕りにするか」


 僕はムカムカしながら奴らの話に聞き耳を立てた。そろそろ、こいつら何とかしよう。


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