046 オジサンを注意、応援に発奮、先行追跡
ホルンベーアがどすんと音を立てて石畳に倒れ込む。オジサンもその場に座り込んだみたいで、僕が振り返るとチロロが慌てて「ちゅんちゅん!」と鳴き、体で支えようとしていた。
そこに、窓から見ていたらしい近所の人たちが恐る恐る出てくる。
大丈夫だと分かると、途端に声が大きくなった。
特にオバサマ方がすごい。
「アンタ、何やってんだい。警報が鳴っていただろうに!」
「そうだよ、まったく! 警報で仕事が早上がりになったからって、飲んでいいとでも思ったのかい。あれは警戒しろって意味だろうに」
その後を追うように旦那さんたちが出てきて、オジサンに注意した。
「騎士様に迷惑を掛けるんじゃないぞ」
「おや、あんた、見回りの子じゃないか」
「そうだそうだ。見たことがある。傭兵ギルドの警邏担当だったね。いやぁ、助かったよ、すごい手際だ」
その間にオバサマたちがオジサンに水を飲ませて落ち着かせてた。連携すごい。
あと、警邏を担当してた日は数えるほどなのに、ちゃんと覚えてもらえていたことに驚く。
やっぱりチロロとアドの可愛いアピールが功を奏したんだな。ふふん。
と、喜んでいる場合じゃなかった。
僕は急いでホルンベーアを縄で縛ると、近くの男性に「すぐに兵士が来ます」と声を掛けた。サヴェラ副班長にも連絡を入れる。
最後に、集まった人たちへ声を掛けた。
「あの、町に放たれた騎獣はほぼ捕まえたと思います。だけど、この機に乗じて騎鳥が狙われたみたいなんです。襲撃犯も全員が捕まったわけじゃない。まだ警戒は続けてください。僕は今から盗まれた騎鳥を追います」
「なんだって!」
「そんなことになっていたのか。分かった。頼んだよ」
「お嬢ちゃんみたいな小さな子まで駆り出されるなんて、騎士団や兵士は何をやってるんだか」
「仕方ないさ。奴等は貴族のためになら一生懸命働くけど、俺たちの生活には頓着しない」
「まあまあ、それは今、関係ないさ。花祭り目当てにやってきた不審者を捕まえてくれる兵士もいるんだ。悪い例ばっかり挙げるのは可哀想ってもんだよ」
「そうさね。そんな話は酒場でやりな」
「そういや、ここ最近、立て続けに起こっていた事件があったねぇ。関係あるんじゃないのかい」
「とにかく気を付けてな」
「そうだそうだ。お嬢ちゃん、無理は禁物だ」
矢継ぎ早に話し掛けられて、僕は笑った。
チロロに乗ると、声援が更に増える。アパートの窓から何人もが顔を出していた。
子供の声で「鳥さん、頑張れ~」なんて応援も。
「チロロ、頑張れだって」
「ちゅん!」
「ありがとう! 悪い奴を引っ捕まえてくるね!」
手を振る間にチロロが夜空へと飛び上がった。こんな暗い中を飛ぶ騎鳥なんて見たことがないんだろうな。皆の「わぁ!」という声が建物に木霊した。
なんだか、ふつふつと力が漲ってくる。
応援してもらえるってこんなに嬉しいんだ!
チロロも嬉しくなったみたい。いつも以上に速度を上げ、南西に向かった。
サヴェラ副班長は最初、僕一人が先行することに渋っていた。今すぐに王都の外まで飛んでいける騎鳥乗りがいないからだ。空から追える人間が僕だけになってしまう。
しかも、逃げた先がどうやら王都の外にある森。森を包囲するには兵士の数が足りない。そもそも森には魔物がいる。ましてや夜だ。誰も入りたがらない。
盗んだ奴等には秘策か奇策があるんだろう。逃げる算段もあるはず。
そこに、一般人の僕を行かせたくない。
だけど僕はもう後手に回るのは嫌なんだよ。
騎鳥が傷付くのは可哀想すぎる。騎獣だってそうだ。興奮剤なんか使われてさ。騎鳥に至っては無理矢理に知らない誰かを乗せられたんだ。暗い中を強引に飛行させられている。
そういう気持ちを、サヴェラ副班長は受け止めてくれた。
しかも、騎士団第八隊の中でもマシな班や、応援に別の部署の人を駆り出してくれた模様。
あ、フルメ班は先日の出張の件で「有給休暇申請」を出して休んでいるみたいだ。ラッキーすぎる。もしかしたら事件を知って勝手に出張ってくる可能性もあるけれど、とにかく先んじて事件を片付ければいいと、シルニオ班長もゴーサインを出してくれたそう。
とにかく、誰も僕らに付いて来られる人がいない状況で、王都上空を突っ切った。
緊急事態だから門なんか通らないし、外壁警備部のチェックも受けてない。
大丈夫。外壁警備部の隊長に応援を頼まれているし、仕事の出来る男、サヴェラ副班長にも直に「行ってきなさい」と指示を受けました。
僕は堂々と王都の外壁上空も飛び越え、森に向かった。
まずはダメ元で魔法を放つ。使ったのは【追跡】だ。今回は曖昧な指示になる。「森にいる騎鳥を追跡」だとどうしても精度が落ちるのだ。たとえば僕が一度でも騎鳥たちに会っていたら、イメージを強く込められた。残念だけど、こればっかりは仕方ない。
ついでに【探知】も掛ける。ダブルチェックだ。
広範囲すぎてやっぱり精度が良いとは言えないけれど何もやらないよりマシ。
せめて敵が灯りの一つでも使っていればなー。もう先を行きすぎて見えないや。森に下りたんだろうな。
上空をぎゅんぎゅん飛び回って気配を探っていると、ふと首筋がチリチリした。
「なんだろ、変な感じがする……」
「ちゅん?」
「み!」
慌てて前後左右、真上に視線を向けて警戒を強める。
でも何もない。
不思議に思って首を傾げる。
ぞわっとした恐怖というより、風が変わったような感じがした。
神の山の頂を見てたまに「なんか変」って思ったのと同じだ。母さんは「神の山だからかもしれないわねぇ」と笑い、父さんは「山の天気は変わりやすいんだ、きっと風のせいだよ」と微笑んだ。
どちらにせよ、二人は僕に何度も言い聞かせた。よく風を読めと。
空を飛べる人間にとって一番最初に学ぶのが風読みだ。
「……チロロ、風向きが変わってる。北から冷たい風だ」
「ちゅん」
「こっちの匂いが相手にバレる」
「ちゅん!」
「上空旋回、南東に移動」
「ちゅん」
奴等はもう森に下りてしまっているようで、上空には姿が見えなかった。だから木々に触れないギリギリのラインを警戒飛行していたけど、それを止めた。
もし、木のてっぺんに罠を仕掛けられていたら危険だ。風向きが変わった今は特にまずい。
「あっ、あそこ、光った。やっぱり何か仕掛けてる。なんだろう、糸か網かもしれない。チロロ、気を付けて」
「ちゅんちゅん」
「み、みみっ、みー!」
突然、ニーチェが鳴いた。近くで騎鳥が困っている、だから助けて、と言っているようだった。言葉というよりも焦ったような感情が流れ込んでくる。
ニーチェの能力のすごさは気になるけれど、今はそれどころじゃない。
盗まれた騎鳥が傷付けられているかもしれないんだ。僕は気合いを入れた。
「よしっ、森の中に突撃だ!」
「ちゅんっ!」
「みっ!」
僕が指差した場所は光った場所のすぐ近く。人間が隠れられそうな木の枝に向かってだった。
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