048 ブチギレのカナリア




 さて、動く前に連絡だ。事後報告になるかもしれないけど、伝えておこう。

 場所も教えないとね。


「カナリア、連絡が遅いです」

「わ、すみません。奴等を追っていました」

「声が落ち着いていますね。ということは、もう隠れ家を見付けた?」

「はい。騎鳥が何頭も捕まっています。具合の悪い子もいて、心配です」

「分かりました。居場所を教えてください」

「光の矢を打ち上げます」

「それを目指しましょう。シルニオ班長、カナリアが光の矢で場所を教えてくれます。向かってください」


 相手の声は聞こえないけれど、了解と答えたんだろう。サヴェラ副班長が今度は僕に「お願いします」と告げた。それからこう言った。


「あなたは撤退を」

「あ、もう無理です」

「え?」

「チロロが突撃を仕掛けまして」

「はい?」

「敵を四組、翻弄しています」

「……カナリア?」

「僕も近くに潜んでいます。つまり、光の矢を飛ばした瞬間に僕の居場所がバレると思います!」

「ちょ、待っ――」


 ブチッと伝声器を切る。戦いの最中に声なんか聞いてられない。

 ついでに収納庫の中に仕舞った。

 そろそろ父さんが連絡してくるかもしれない。その時に「カナリア~、全然連絡くれないけど元気にしてる?」って気の抜けた声が届いたら嫌じゃん。

 だから物理的に届かないようにしておく。

 うん。ちゃんとした理由だ。

 後で怒られないといいなーと思いながら、僕は魔法で光の矢を空に飛ばした。念のため二つ。


 もちろん、魔法を放ってすぐに移動する。

 案の定、リーダーの指示によって男たちがすっ飛んできた。騎鳥に乗って。

 だけどね、お前ら下手すぎるんだよ。なんだその乗り方。騎乗に慣れていなさすぎる。騎士団はおろか、輸送ギルドの騎鳥乗りよりも下手だ。

 騎鳥に乗り慣れているのはリーダーだけっぽい。


 よし、僕はリーダーをメインに狙おう。残りは烏合の衆だといいな。


「ニーチェ、しっかり掴まっててね。本当は危ないから服の中に入っていてほしいんだけど」

「みぃっ」

「嫌なんだね~」


 下草を掻き分け、登れそうな木を見付けて飛びつく。登っている間は無防備だから狙われそうだと思うでしょ? ふふん。僕にはリス登りという技があるのだ。くるくるっと幹を周りながら登るのである。敏捷さが必要だ。その分、手に怪我を負いやすい。それを知った父さんが専用手袋を作ってくれてから、更にパワーアップした。

 とにかく木の上まで登ってしまえばこっちのもの。枝から枝へと飛び移り、翻弄する。

 チロロもこちらの動きに気付いて敵同士をぶつけようとする。

 相手はすごく、やりづらいと思う。

 追加でやってきた男たちも右往左往だ。

 すぐに捕まえられると思っていたんだろうな。リーダーがイライラしているのが分かる。


 本当はリーダーを最初に狙うつもりだった。駆け寄って飛び上がれば一瞬の隙を突けるんじゃないかとも考えたんだよ。

 だけど、僕が光の矢を放った時にリーダーの気配が強まった。その時の雰囲気が傭兵ギルドのエスコに似ていたんだ。強い人の気配っていうのかな。

 エスコの全力を見たことはない。ただ、皆が飲んでいる時、誰かが落としかけた皿をパッと手に取ったんだよね。反射神経が良すぎるし、ふっと滲み出た気配が「傭兵」そのものだった。

 敵のリーダーも、僕が思う以上に強いかもしれない。

 対人戦に慣れていない僕にとって、油断は禁物だ。母さんも相手の実力を見極めるのは難しいと話していた。父さんは魔法を使うから「よく分からない」と当てにならない。


 慎重に行こう。

 そう思っていたんだよ。ニーチェの通訳を聞くまでは。


「ニーチェ、騎鳥たち、何か言ってる?」

「みみみ」

「え、動けないどころか、起き上がれない子がいるの?」

「み」

「やば、回りくどいことしてる場合じゃないや。やっぱり、突撃しよう。最悪、父さんの魔道具をぶつければいいもんね」


 父さんの魔道具は最後の手段だ。森を破壊したくない。

 まあ、僕の攻撃魔法もちょっと問題ある。似たようなものか。

 できれば自分の力、物理で戦いたい。それが一番マシだ。


「よし、行くぞ。ニーチェは――」

「みっ」

「仕方ないなぁ。その代わり【防御】と。僕は【身体強化】で、突撃!」

「み!」


 方向転換し、広場に向かって飛び降りた。

 リーダーがギョッとした顔で振り向く。慌てていたせいか、剣を抜けなかった。そこに指示棒を叩き込む。


「くそっ、ガルボ、戻れ! ガキがちょこまかしてやがるっ」

「そ、それが……っ!」

「おいっ、何してる!」


 リーダーと僕の間合いが離れた隙に、二人して同時にチラッと余所見。

 あれ、なんか、騎鳥の動きが変だ。というか、動かない。イヤイヤをしているというより、放心してるみたいな感じ。

 すると業を煮やした男たちが「命令に背くな」と鞭を打つ。

 は?


「何してるんだよ、このクソ野郎!」

「みっ?」


 ビクッと震えるニーチェを左手で撫で、僕は自分の右手に【身体強化】を重ね掛けした。

 魔法杖代わりの指示棒を右手に持ったままでも使えるよ。そうじゃないと意味ないからね。指示棒はくるりと回してホルダーに戻す。

 そのまま、呆然とするリーダーの前まで走り寄って飛んだ。

 跳ね上がったに近いかもしれない。

 リーダーは剣を構えたけれど、振り下ろせなかった。僕の方が速い。

 拳がリーダーの右腕に当たる。衝撃で剣が落ちた。残念ながら、音や感触で折れていないと分かる。こいつも身体強化を掛けていたみたいだ。さっきも受け止められたし。

 もちろん、一回で倒せるとは思っていない。だから右手で男の右腕を当てた瞬間に、僕は左手で鞍を掴んでいた。跳ね上がった反動を利用して体を回転させる。

 アウェスには悪いけど少しだけ我慢してね。僕は羽の上に足を乗せて勢いよく男の背後に回った。

 それからリーダーの首に手を回して後ろに仰け反る。

 身体強化した右手で首を圧迫したのだ。母さん直伝「数秒で大男を落とす方法」である。

 もちろん、リーダーの男だって反応はした。背後に回った僕を捕らえようと左手で撲とうとする。けど、本当に僕の攻撃を避けるのならアウェスから降りれば良かったんだ。体を離した方が次の行動に移れる。

 どうせ、僕のことを「素早い」とは思っていても「自分を倒せる」とは思っていなかったんだろう。

 こういう時に僕の見た目は役に立つ。

 舐めてくれたから、背後にも回れたのだ。

 そして。


「ぐぅ……っ」

「よし! リーダーを討ち取ったぞ!」


 殺してはないけどね。意識は刈り取ったんだ、似たようなもの。

 僕は高らかに宣言して、リーダーをアウェスから突き落とした。念のために【拘束】【沈黙】も掛けておく。

 そして、もう一度、大きな声で告げた。


「降参しろ! でないと、次はお前らがこうなる!」

「み!」


 ちょ、ニーチェ、可愛くて力が抜けるから真似するの止めて。


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